ササヤキ       エドワードの独りの夜。苦手な方はお戻りください。






夜。
高台から見下ろす街は、紺闇のなかに様々な大きさのオレンジ色の灯りを煌めかせている。
そのなかに一際目立つ巨大なシルエットの建物。通称、"セントラル"と呼ばれるこの国の最高軍事機関が放つサーチライトが長々と伸びる。白黄色の光の帯が、交わり、離れ、そしてやがて群青の夜空に、その先端を溶け込ませていくのを遠目に眺めながら、エドワードは帰路を急いでいた。
夏の夜、公園を抜けるこの道は、夜景を楽しむ人たちがあちこちに見られる。家族連れ、友人同士、そして、肩を抱き合い、寄り添う恋人たちも数多い。頬を寄せ合い、キスを、そして腕を回して、熱い抱擁を交わす。二人の世界。他の人間は夜景に夢中で、恋人たちの愛の行為を気にも留めていないようだ。だが、その間をひとり歩くエドワードは目のやり場に困っていた。どちらを向いても目に入る。年頃からいってもそれは当然なのだが、エドワードは特にこういうことが苦手だった。だって、恥ずかしくて視線をどこへどう逸らせばいいのかよく分らない…自分にも恋人がいるというのに。
なるべく視界に入れないように、と俯き加減に歩いていたが、とうとう耐え切れなくなって、エドワードは、道を逸れ、公園と繋がる林の中を通り抜ける脇道へと向かった。
……暗いけど夜目は利く。それにこっちのほうが近道だよな。
そこは暗い雑木林が続く。木々の下には、ふくらはぎ位の高さに柔らかな草が生い茂り、それを踏み分けて出来た小さな道を、エドワードは歩き始めた。
ごく緩やかな傾斜。がさっ、きしっ、がさっ、きしっ、と、聞こえるのは夏草を踏んで歩く自分の足音。草叢でりぃりぃと鳴く虫の声。ばさばさと木の上から響く鳥の羽音。それ以外はなにもない。そして時折、向こうの道を走る車のライトが、カーブの手前で、一瞬、さあっと木々の間を抜けるだけ。なによりこっちはひとりで落ち着いて歩ける。さっきまでは資料を握り締める手がひどく汗ばんでいて、そこだけ用紙が湿っぽくなってしまった。エドワードはシャツで手の汗を拭うと、資料を持ち直した。そして雑木林の暗がりのなかで小さく安堵の息をつく。
(……………)
しばらく歩いて、もう少しで林を抜ける場所にさしかかった時、闇の中から、微かに何かが聞こえた。
暗闇をそうっと見回し、その出処を確かめる。でも、もう何も聞こえない。鳥でも鳴いたか、と思ったその時、今度は聞こえた。いや、聞いた。人声に似たその音を。
はじめはごく小さな音がひとつ。それが少しづつ増えていき、次第にその間が詰まってゆく。
(…なんだ)
心当たりのあるような、聞き覚えのあるようなその小さな音にエドワードは足を緩めた。次第に二つのものが聞こえるようになった。互い違いだったり同時だったりする二つのもの。意外と近くからのような。だが、道の向こうは木々が重なり、暗すぎて分らない。闇を覗き込むようにして首を傾げる。
…そして、ようやく思い当たったエドワードは足を止めた。
(あっ…!)
正体が分った。その時。遠くで車の音がして、ライトがさあっと林を抜け、声の正体を、一瞬、暗闇にくっきりと浮び上がらせた。それはエドワードからそう遠くない木。そこで絡み合う二人の姿。腰をあらわに木にしがみつく女性、そしてうしろから深々と繋がっているであろう男性。無我夢中で交わる二人。縺れあうように交わされる秘めごとの声。二人の声と共に木が揺れる、その情交のありさまが、くっきりと鮮明に照らしだされた。まるで舞台のように。…が、またすぐに元の闇に戻る。
(…!!)
絡みあう声の生々しさを目の当たりにして、エドワードは驚倒する。汗がいちどに噴き出し、脇に抱えた資料の束をまた湿らせる。闇に向かって目を見開いたまま、呪縛にかかったかのように、その場に動けなくなったエドワードの耳にさらに重なる声が届いた。
―― アイタカッタ ―― モット
(うわ、うわっ、わあああ―――!)
その声に、呪縛が解けたエドワードは走り出す。踏み付けた夏草を足に絡ませ、資料をきつく握り締めて、雑木林の出口を目指してただもう一目散に。 あと少し、あと少し。息を弾ませめちゃくちゃに走リ続けた。林が途切れ、最後の傾斜に差し掛かったとき、エドワードは足をもつらせ斜面を滑り落ちた。
「――ああっ!あっ!わっ!…………つっッ、痛ってぇ…痛ぇ…クソっ…痛ッ…」
下の側溝に足を突っ込んで倒れたエドワードは、服が裂けて泥だらけになった。そこいらじゅうが痛い。はずみで資料を飛ばしてしまった。
ようやく溝から足を抜き、資料の無事を慌てて確かめると、自分がそれに驚いて逃げ出した事も忘れて怒り出す。
くそっお、あんなところでいやらしくサカりやがって。ヘンタイめ。道がついてるからにはそこを歩いてる人間だっているんだぞ、気が付けよ、バカヤロー、クソヤロー、一体これどうしてくれんだよ!
静かな道にエドワードの悪態が響く。



「……ただいま」
ドアを開けると、疲れきって倒れるように部屋に転がり込んだ。だが、暗い部屋からは、誰の声も返ってこない。エドワードは仕方なく立ち上がると、その場で泥だらけの服を脱ぎ捨て、バスルームへと向かった。
「ひぃ、痛て、痛て、痛て、痛てぇっ!!」
転んであちこちぶつけたらしい。痣もある。脚と手は擦り傷だらけで、湯が容赦なく沁み、エドワードは悲鳴をあげる。どうして俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ…。なんだか自分が凄く情けない…。もう怒る気も萎えちまう…。泥と一緒にため息を数個落とすと、早々に湯から上がった。
シャツとズボンを身に付けると、キッチンに向かい、冷蔵庫を開けて中を覗く。あ、そうそう、これ。
冷蔵庫には、以前ロイに貰った外国産のオレンジジュースの瓶が入れたままになっていた。エドワードは瓶を開けて渇いた喉にぐびぐびと一気に流し込む。心地良い冷たさが咥内に広がり、内側から鼻腔へと甘酸っぱい香りが広がる。これは夏の匂いだ。甘い遠い南の国の匂いだ。昔、好きだった物語をエドワードは思い出す。太陽の下でたわわに実る果実、オレンジの花を髪に飾った旅芸人の少女の話。オレンジの酒を紅茶に入れて飲む場面があったっけ…。エドワードは懐かしげに物語を辿る。
…それから、貰った時にからかうようにロイに言われた言葉も。
(相変わらずまだアルコール類は苦手なのかい)
「…うるせーよ。俺はアンタみたいにアル中じゃねぇもん」
ひとりごちて、オレンジの滴のついた唇をぐいと拭うと、エドワードは資料の整理をはじめた。泥はついていないが汗の染みた箇所がたわんで伸びてしまっている。ちえっ、どうも今夜は運が悪いなぁ。それもこれもあの所為だ。顔を上げると半開きの窓のカーテンが夜風に揺れ、その隙間からは、時折遠くのサーチライトの気配と、車のライトが、小賢しげに侵入しようとするだけ。
…これじゃどうも静か過ぎる。エドワードは立ち上がると棚の脇のラジオをつけた。チューニングを回してニュース番組をみつけるとようやく安堵の息をつく。これでいい。今日の出来事は何だった。
そういえば、俺が娯楽系の番組を聞かないのを知ってロイは呆れていたっけな。
「…いいじゃん。俺の勝手だし…でも、アンタ、今頃どうしてんだよ」
なあ、視察は退屈だからって酒ばっか飲むんじゃねーよ、とエドワードはひとり微笑う。




部屋の主は、金髪を掻きあげながら、資料整理に没頭している。
机の灯りは零れ落ち、脱ぎ捨てられた汚れた衣服の襞に、深い影をつくる。
床に所狭しと積まれた書籍たちは、頁を開かれるのを待っている。
ラジオからは、今日の出来事とセントラルからの民事向け発表が流れる。
カーテンは、時折さやかに揺れて、遠くの灯りを覗かせる。



壁の時計がぽぉんと鳴った。
「…あ…」
エドワードははっと目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
灯りの下では小さな蛾がぱたぱたと羽音をさせる。ラジオは今日の出来事を淡々と繰りかえす。
いけねぇ、これ、急ぎなのに。あまり進んでいない手元に気付き、エドワードは眠気覚ましにと、コーヒーを入れに立つ。戻ってくると、ラジオのニュースは終り、深夜の番組にと変わっている。興味は無いが、このままつけておこう。眠気覚ましくらいにはなるだろう。エドワードは再び資料整理を始めた。
夏の夜の時間は流れる。


「…エドワード」
不意に呼ばれた己の名前に、エドワードは顔を上げて肩越しに振りかえる。
「…ロイ?」
だが、薄暗がりの部屋の中には誰もいない。なんだ、気のせいか。エドワードは机に向き直る。
「…エドワード、おいで」
今度ははっきり聞いたロイの声。エドワードは慌てて立ち上がる。声の聞こえた方へと目を凝らす。が、それは。付けっぱなしのラジオから流れる男性の声。小説を数人で朗読しているらしい。…なぁんだ、俺、何やってんだよ。朗読なんて聴いちゃいないのに。なんでエドワードってのは聞こえるんだよ。そういやロイの声に似ているか?ちぇっ…先程までロイのことなど忘れていたのに。
「………………」
(いけない、いけない。こんなの聞いてたら整理が出来ねぇ。いや、聞くもんか)
それでも僅かな躊躇いと惜しさをもって、エドワードはラジオの番組を変える。良さそうな周波数を捜して、チューニングを右に左にと回す。何回か繰り返し、そして、合間に飛び込んできたその声の断片。
「――――ドワード、会いたかった」
(……え)
アイタカッタ。おんなじだ。あの時と。突然エドワードは、あの雑木林での出来事を思い出す。繋がる二人の間の声。交わされた秘めごとの会話。――会いたかった、と。
ライトに浮んで、交わる二人の姿がエドワードの脳裏に鮮明に蘇る。白い腰も露わなあの姿が。
…相手は、男は、黒髪だったか?
ごくりと唾を飲み込む。身体がじわりと熱くなる。そして、胸が、どくん、と鳴った。




  ※



(あ、あ、俺っ…)
突然の変化の予兆に、エドワードは慌てる。徐々に熱が集まる。落ち着け、落ち着けよ。あれはロイの声じゃない。これもロイの声じゃない。ただのラジオだ。嫌だッ、こんなことで…なのに何故だ、雑木林の二人にロイと自分がどんどん重なる。
(……!)
知らないうちに身体の奥底に投げ入れられていた火種。ちいさなちいさな熾火となって。消そうとすればするほど火は熱さを増していく。内腿が波立つような感触に、肌がざわざわと痒くなる。熱の流れは確実に中心へと向かっている。
(ば、ばかっ、鎮まれよ)
エドワードはズボンの上から前を押さえる。でも、それは一層の自覚をもたらしただけ。服の中では、それは熱くなることを望んでいるではないか。押さえる手の感触はそれを如実に伝えてくる。
エドワードはそろりと手を差し込む。左手がくにゅりと柔らかい表皮の手触りを得た。すると、ごく僅かな滴が指先に捉えられ、自身は緩やかに持ち上がろうとしているようだ。中心にきゅっとした僅かな収縮感を感じる。腹部が疼く。どくんと脈打つような不思議な昂揚感。 エドワードは手を挟んだまま、腿にぎゅうっと力を入れる。そしてそのまま頭を垂れる。半乾きの金髪がはらりと零れて顔を隠し、金糸の隙間からは、猥感に眉根を顰めた、悩ましげな青年の表情が僅かに見える。
エドワードはそのまま焦れるようにそろそろと、後ろ向きに歩いていくと、書棚の向こうで歩を止めた。間仕切り代わりの書棚。裏も表も本が置いてある。エドワードの立つ側には、ベッドの裾がある。
そしてそこで中から手を抜くと、エドワードは、もどかしげに、ズボンと下着を掴んで一気に膝まで下ろした。生身の自身が己の眼下に見える。まだ勃ちきらない頼り無げなその姿。
やや間があって、エドワードは後ろ向きにベッドに転がり、裾を掴んでズボンを引き抜く。そのはずみで後の秘部が薄ら灯りにちらりと見えた。
エドワードの下半身。白い脚と灰色の脚。引き締まった腹部と滑らかそうな白い尻。隠された後穴。
熱が集まろうとしているそこ。エドワードはベッドの上で脚を開いて肉に触れる。そろそろと。
「…やッ…俺っ、こんなの…・俺…やだ…したく…ないッ…」
口が嫌だと拒絶の言葉を切なそうにおとしても、金の瞳は悩ましげに潤み、手はそれを掴み、握る。掌のなかのものは、先程とは差があった。手応えに変化を遂げて、持ち主に弄られるのを待っている。
ついに、エドワードは、根元に右手を沿えると左手で弄り始めた。先ずは握った手をゆるゆると上下に動かし始める。 やがてエドワードは動きを早めて欲しいものを得ようとする。
「あっ、あっ、クソッ…」
エドワードは苛立つ。これってこんなものじゃないのか。どうも今夜は変だ。 …自分はわりとあっさりの性質(たち)だと。それなのにどうして今夜は。俺はそんなにさかっているのか。いやらしいのか。
(そうじゃないッ、あの声の所為だ)
嫌だと思っても熱は上がる。握り始めの恥ずかしさと躊躇いは残っていても、いまはもうエドワードは止められない。頭に浮ぶ雑木林で繋がる男女の姿。…違う。いま繋がっているのは、自分と黒眼黒髪の男だ。ロイだ。頭の中でロイが囁く。
(ここが良いのだろう?)
ロイは胸に手を伸ばして二つの突起をまさぐっている。エドワードはシャツを捲ると、自分の突起に同じように手を添える。恐る恐る摘み上げ、掌で転がしてみる。くすぐったいような、ちくちくするような。
「ん、っ、はッ」
僅かだが新しい感覚が持ち上がり、エドワードは目線を落とす。すると硬度を増して勃ちあがった先端が、自分の顔の方に向きあって、ゆるりとした液が垂れているのが見えた。エドワードはシャツから手を抜くと、液を滑らせ先端を擦ってみた。先端を擦る内に零れる滴は量を増し、肉を伝って落ちていく。根元に添えられた機械鎧の手に、零れた滴で濡れた、淡い薄い茂みが数本張り付く。それは薄ら灯りで、銀糸のように鈍く光った。エドワードはさらに力を入れる。
「…てっ!」
走った痛みにエドワードは声を漏らす。焦って加減が分らず力を入れすぎてしまったのか。今度は力を抜いて擦ってみる。だが、それではなにか足りない気がする。こんなんじゃない。ちきしょう。これは自分の身体じゃねぇか。もっと…
(エドワード、さあ、ここをどうして欲しいか言いなさい)
頭の中で、自分のものを掌に収めたロイが微笑いながらそう囁く。
「そん…なの…わかん、ねぇよ…だって…自分じゃ…違う…んだよ」
ロイの囁きに泣きそうになりながらエドワードは考える。どうだ、どうだった。俺はどこがいいんだ、どうしてた、どうされたんだ。ロイは俺を…
(…エド、ほら、動くなよ)
ロイが股間に顔を埋めて舌を這わせる度に、くすぐったくて身を捩じらせていた。ロイはわざと唾液の音を大きくさせてエドワードを煽る。ぴちゃぴちゃと。 ふと思いついて、エドワードは肉の裏側をつうっと撫でる。ぴくっと肉が動いた。それを数回繰り返し、さらに指先を伸ばして後の隠れた場所に辿り付こうとする。入口の襞の部分をぐうるりと回すように撫でてみる。ところどころを押してみる。
「ん…ふわッ…」
今のは良かった。もう少しやってみよう。エドワードは自身を持ち替え、身体を少し丸めて、後に右手を伸ばす。撫でるだけなら右手でも出来そうだ。手がそこにたどり着く。自分の後穴を襞の感触を手掛かりに愛撫する。慎重に力を加えながら。そして左手は自身を扱く。
(ん、ん、あッ、ん…)
声が漏れてしまいそうな感じがする。カーテンがふうわりと持ち上がり、入った風が、行為に夢中の彼の身体を撫でていく。エドワードはさらに熱くなろうと身体を動かす。知らず知らずのうちに、右手を内部に埋めようとするが、機械鎧でそれは果たせるのだろうか…
「!」
入口が痛みを訴え、エドワードは動きを止める。まだ緩みきらない秘部の狭さは、右手では負担が大きかったらしい。握る手を離し、替わって、ぎこちなく左手で試みる。息を整え、周りの襞を指を撫で、長い指を恐る恐る進める。 …指を入れたことって……自分の内部は狭く、指という侵入者を排除するかように締めつけられる。もう汗びっしょりだ。軽い痛みを感じながらやっとのことで探り当てる。自身は、ひととき、はちきれそうな熱い感じを得た。だが、今度は右手では上手く扱けない。
…出来ねぇよ…エドワードは諦めて役に立たない指を抜く。 その所為だろうか、今度は自身は僅かに力を落としてしまった。先端は濡れているというのに。
エドワードはベッドに顔を伏せて瞳を潤ませる。……なんで俺は。下手クソ。
それでも自身が求める熱はエドワードを狂おしく疼かせ続ける。雑木林の二人に入れ替わって、繋がったロイと自分が再び脳裏に浮ぶ。囁きがまた響く。
(…エドワード、もっと上げてよく見せなさい)
ロイが甘い囁きで恥ずかしさを強要する。それなのに、熱に疼く身体は、この囁きには逆らえない。
「…………………」
エドワードは膝をついて腰をあげた。まるで後の書棚に向かって晒すように。恥ずかしい己の姿。白い尻とシャツが淡く浮ぶ。手を伸ばし、エドワードは再び扱き始める。強く弱く、また強く。自身がまた張り詰めていき、先端からの滴は量を増し、握る手を滑らせる。熾火はまた燃え出す。
「ん…ふッ」
尻を突き出し、顔を上げては、エドワードは密やかに声を漏らす。そうするうちに、ふいと落とした目線が、覗いた己の股座の向こうで、それに気付いた。
書棚に立てかけた一枚の写真。ハヤテ号を挟んで左右に自分とリザが写るもの。夜目が利くのが災いしたのか、図らずも扱く自身を挟んで、目が合うようで、いけない行為を姉に見咎められたようで、エドワードはあまりの恥ずかしさに涙を滲ませる。それでも握る手は止められない。
(あ、や、見な、いで…ごめん…なさい………んっ、ふっ、はッ、んッ、ッ…ロイ、ロイっ、もう許して…)
頭の中のロイは、今、エドワードの腰を持ち上げ指を埋める。エドワードも右手を伸ばして襞を撫でる。ロイが指を抜き差し始め、エドワードはその感覚を記憶で捉えようとする。そしてロイが先端を入れようとする。その想像と記憶で、後穴がひくつくような錯覚に、エドワードは扱く手を早める。


隙間から入り込んだ明りが、行為に夢中になった彼の影を一瞬濃くして、通り過ぎる。
入った風が、棚の写真を床へと落とす。
周波数が乱れたままのラジオは、時折音声を運ばせる。
キッチンの隅に置かれたオレンジジュースの空瓶に、虫が当たってちん、と微かな音を立てる。
いま、この部屋で営まれているのは、独りぼっちの二人の情交。


(ん、あ、はッ、ん…ん…、ふ、ん…はッ…ッ)
口元が緩んで唾液が漏れる。そして頭の中のロイが腰を動かす。その勢いで自分の腰も揺れる。雑木林の二人のように。エドワードは扱く手をさらに早める。近づく瞬間を待ちながらも、支えきれない体勢に、エドワードは快感とも苦悶ともつかない呻きを零す。汗がシーツにぽとぽと落ちる。もう少し、もう少し。エドワードはひたすら扱く。それ以外は何も考えられない。何も要らない。付根に溜まった熱が内腿を震わせる。憑かれたように手を動かし、瞳を潤ませ、息荒く、彼はただもう吐精を目指す。
あと少し、あと少し… ん…もう…もう…俺っ…! 
ロイがついに囁いた。
(いくぞ)
…ああ!
エドワードは自身を掴んだまま、転がるように絶頂を迎えた。 下腹が一瞬ぎゅっと締まり、そしていちどに解放された。塞き止められていた熱は出口に向かって一気に流れる。 白い熱が先端から溢れ出し、腹に飛び散る。 ―――エドワードは力尽き、身体をつたう己の吐きだしたものを無言で見ていた。



ゆらゆらと夜が流れた。机の資料はもう忘れられている。零れる灯りもこちらには届かない。
零れてシャツをシーツを汚すそれを、エドワードは拭こうともしない。掴んでいたその手もそのままで。擦り傷にかかった飛沫が僅かに沁みた。エドワードは傷を自分でそっと舐めた。…俺は、俺は。
アイツがいなくても俺はアイツのものなのか…悔しいけど…。何故だろう、何故か涙が溢れだす。
薄暗がりの中でエドワードはちいさく独りごちる。
「…それも、これも、みんなアンタの所為だ。……さっさと戻ってきやがれ、クソ中将」



 
エドワードは眠る。
カーテンは静かにそよぎ、落ちた写真は床を滑る。
時折忍び込む微かなライトが、彼の姿を一瞬淡く浮かび上がらせ、すぐに濃い影に変える。
薄暗がりの中で、周波数の乱れたままのラジオが、かすかな声を届けた。
「――― おやすみ」








- END -


こういうのもありと思って書きました。エドひとりですけど、中身は二人の情交のつもりです。
えと、男の子のひとりHには、想像が重要だと…難しいです。無理っぽいですか?
エド、ひとりHはきっと下手(ゴメン)  この話、苦労の割にはいまいちの気が…(汗)
 良ければ、ご感想など頂けたら今後の参考にしたいです。 04/12/04





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