17     涙 







エドワードたちはイーストシティに暫く滞在していた。
研究記録を金庫に預けて気持ちが軽くなったのと、最近の研究を改めて見直そうと図書館に通う事にしたからだ。
ここは司令部があるせいもあって、東部の中でも軍関係の図書館、資料館が充実している。イーストシティに来る度に、普通の図書館にはせっせと通ったが、意外とこの街の軍関係の物には触れていないように思ったからだ。
こういうときにこそ、狗の特権を大いに利用すべし、と。
中にはエドワードしか閲覧できない資料もあったが、そういう時はアルフォンスは別の処で資料を探すという分担が自然と出来ていた。
そんな訳で、二人は近くにいるのにもかかわらず、司令部にはご無沙汰になってしまっていた。


「兄さん、何笑ってるの」
次の場所への移動中、エドワードの昼食と休憩も兼ねて二人は街に向かっていた。こういうタイミングでもないとエドワードは食事を摂り忘れてしまうから。
アルフォンスが口元を緩ませて独りくすりと笑うエドワードを不審がる。この兄は司令部近くにいるときは大抵不機嫌そうに黙っているからだ。
「うん?…習慣とは恐ろしいものだなってさ。最近会って無くても大佐はオレたちの生活の一部、いや必需品かもしれないぞ」
(ああ、このところ軍関係の資料を閲覧する方が多いからね。僕だって大佐の名前はよく見かけるし)
「でも必需品って言い方、大佐に悪いよ。こないだ金庫の件ではお世話になったし、今もそうでしょ」
「まぁな。だけど必需品って無いと困るけど、意外と置き場が無いんだよなぁ」
「なにそれ?大佐は品物?」
兄を嗜めながらも弟の声は面白そうに笑っている。
アイツは嵩張るからなと、歩きながら冗談めかして言ってみるが、やはりロイはそういう存在だった。
嫌いじゃない。目を掛けて貰っているのも。それはよく分っている。大佐がたまに見せる気遣いだとか優しさみたいなものも知っている。それなのにいつも酷く苛立つ。この前コンラッドの家で改めて突きつけられた自分の中途半端さ。大佐といるとそれを認識するからきっと苛立つんだ。でもそれだけじゃ無くて…。ああ、関わるといつもここで分らなくなってしまうんだ。実際、エドワードは自分の中での彼の置き場にずっと困っていた。


そんなことを考えながら角を曲がった時、小さな葬列らしきものが見えた。
亡くなった人の近親者だろう、顔を伏せながらこちらへ向かってくる。数人の黒い服の人たちが傍を過ぎようとした時、呟きが風に乗ってふっと聞こえた。
(…え?)
 エドワードは顔を上げてその声を追ったが、皆黙って通り過ぎていく。
なんだ、気のせいか。腹が減りすぎて幻聴が聞こえるようになったのか?気分を切り替えようと、ぶんぶんと首を振り、駆け出したエドワードの視界の端に今度は小太りの男がちらりと見えた。
(あれ?今の人?)
立ち止まって確かめようとしたが、もう人影はもう無かった。
(…なんかオレ、今日はヤバいよな。疲れてんのかな)
ああもう、イカンイカン。メシ、メシ。 エドワードはうぉーとまた駆け出した。


からん、と入口のベルを鳴らしながらドアを押すと、店はいっぱいだった。ここは安くて美味いので、混むと思って昼時を少し外して来たのに。どうしよう、どこか空きそうな席は無いものか、エドワードは背伸びしながら店内を見やる。
すると奥の窓際の席に、見覚えのある金髪頭の若い男がひとりで座っていた。
「ハボック少尉!おーい!」
エドワードはしめたとばかりに手を振る。
「あっ…!大将にアル?今頃メシか?」
慌てた顔をして答えるハボックは、Gパンにレザージャケットといたってお気楽な格好をしている。
「うん、混んでてさ。ここ、座ってもいい?…今日は非番なの?あの、もしかして女の人と一緒かよ?」
慌てていた様子から、もし相手がいたらお邪魔だっただろうかと、二人は恐る恐るお伺いを立てる。
「いーや、単なる非番さ。デートは無いぜ」
気のいい少尉はエドワードのために煙草を消すと、からからと笑っている。
「そういやイーストシティにいる割には、最近お前ら顔出さないよな。どうかしたか?」
「あの、僕たち今図書館に通ってて、それで忙しいんです」
大口開けてサンドイッチに噛り付こうとする兄に代わって弟が答える。
「ま、元気ならいいけどよ…近い内に顔出せよ。なんか大佐が気に掛けてるみたいだぜ」
その言葉に二人は顔を見合わせる。なぁ、どうも最近はオレたちの中では大佐絡みになっちまうな、そうだね、と視線で会話する。
「…当分ここには滞在するから、そのうち行くって、伝えといてよ」
そういいながらエドワードはオレンジジュースをちゅうと吸った。



「大佐、近い内にエドワード君たちが顔を出すそうです」
「そうか」
「気に掛けておいでですの?」
「いや。だが多分、これは私が彼らに伝える義務があるのだろう」
背中を向けたままのロイの表情は、ホークアイからは分らない。だが時折頭を上げながら話すロイの声はいつもと抑揚が違う気がする。
―――― もしかしたら、いま、このひとは泣いているのだろうか。












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