3    1 年 目       PROLOGUE











やわらかい日差しが窓ガラス越しに差し込む。 カーブに差し掛かる度に、ガタンガタン、と床に置かれたトランクが手すりに当たって音を立てる。 通路側に倒さないようにと、時々手を沿えて気を配る。
イーストシティからセントラルへの列車の中に、兄弟を連れた男の姿があった。
都会に慣れない彼らのために、男の家で二日程休ませ、試験まで後三日となった今日、セントラル入りすることにしたのだ。セントラルはイーストシティより更に大都会だ。なんといっても地方の育ち、敵地と云っても良い位の片田舎、しかもまだほんの子どもだ。いや、まさかとは思うが当日いきなり連れて行って気後れでもされて、実力が発揮できなかったなんてことでは大いに困る。何の為に推挙したのかわからなくなる。
――ロイ・マスタングは人材に困窮したのか、とうとう田舎から子どもまでを連れてきたが、あれは一体何だったんだ?立ち尽くすだけで錬金術なんて何も出来なかったじゃないか。――
中央の無能な連中の冷笑を浴びるなんてとんでもない。有能な錬金術師を発掘するのは大切な仕事の内だからな。もっともこの五日間は、この兄弟を観察するという、元々の目的もあったのだが。 こんなロイの思惑を知ってかどうかなのかはわからないが、列車に乗ってから三十分、エドワードは黙ったままだ。いや、むしろ考え事をしているようにも見えるが。
「…構築式の復習でもしているのかね」
ロイは軽く訊ねたが、不機嫌そうなぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「んなもん今更必要ないよ。めんどくせーよ」
初日の言葉遣いは何処へ行った。まったくもってエドワード・エルリックは、見た目と実際の落差がかなりある。この二日間、少年を見ていてそう思ったロイは小さく嘆息した。まだまだ警戒心が強いのか、自分から一歩引くように口数も少なく、態度も硬いエドワードであった。行儀はあまりよくないが、仕草のひとつひとつは決して品が悪くない。身体はちいさいようだが、綺麗な肌に金色の瞳がのっかり、整った白い額は賢そうに見える。
(いや、実際、とてつもなく賢いのだがね)
黙ってにこにこしてたら良家の子息として十分通用する容貌だ。 なのに態度と行動と、たまにしか発せられない言葉には、あんまりなものがあるように見受けられる。
(礼儀と言葉遣いは弟の方が遥かに上品だろうに)
男は黙っている少年を見ながら心の中で点検する。
だが、彼の金の双眸にはそれを覆ってまだなお惹き付けられる力を感じる。 私はこの目を見てしまったのだ。
その時から確信はある。 彼を知って1年目。そう1年経ったのだな。この1年、長いようで短いものだな…


約1年と少し前。ロイ・マスタングは中佐の地位にあった。
国家錬金術師であり、普段の軍務においても有能さを発揮している彼は、 異例の早さで中佐になっていた。
まだ20代の男が佐官、しかも中佐。 そういう人間に対して風当たりが強くなるのは世の中の常でもあった。
だいたい、世の中は常に平均を求め、そこから逸脱していることは面白くないのだ。本当に才能や能力があっても、それを上手く発揮できる人間は、それ自体がまず才能と言えるだろう。ロイ・マスタングはそういう才能とそれを使う場に恵まれた数少ない人間といえる。故、それを持ち得ない、特に安穏とした現状に浸っている人間には嫌われていた。妬み、嫉み、中傷。それだけでなく、当然ながら、彼の仕事の足を引っ張る輩もいた。
しかも、ロイ・マスタングは自分が国家錬金術師であることを大いに利用していた。 それは有能な錬金術師の発掘、推挙であった。先の内乱に於いて、彼の実力を知っている上層部はそれを彼に任せていた。 優れた才能を見分けるには、やはり優れた才能を持つ人間が必要だったからだ。実戦で功績を挙げた男は、新たな国家錬金術師を見つけることよっても、自分の地位を徐々に上げていったのである。実際、彼の発掘する人材には、優れた錬金術師がいたからだ。実績は信用と評価を呼び入れる。
そして、それに彼の親友、マース・ヒューズも少なからず手を貸していた。 ヒューズは中央の情報部勤務の佐官で、彼もまた昇進の早い有能な軍人であった。 錬金術は出来ないが、気の良い男で、情報部という仕事柄と、人当たりのよさから人脈が広く、 あらゆる情報に通じていた。彼は親友ロイのために、優れた錬金術師がいるという情報を手に入れると、 必ずロイの耳に入れていた。だが、今回のエルリック兄弟は、ヒューズ経由ではなく、意外な場所から偶然噂を聞いたのだった。

同じく1年と少し前。ロイはたまたま西部へ出張していた。 さほど重要でもない、いや、どちらかと言うとくだらない仕事を中央から押し付けられ、仕方なく出向いたのであった。
ほどなく仕事を終えて、夜の町に繰り出し、ひとときの気晴らしを楽しんでいた。地方の田舎町によくある何の変哲も無い酒場で、中央と違って人目を気にする必要もなく、ロイは羽を伸ばしていた。煙草の煙が揺らぐ店内で、旅の男達がにぎやかに喋っている。酒場の見慣れた光景だ。
そのうちロイの耳に、錬金術という言葉が届いた。錬金術師の性だろうか、こんな時でも言葉に反応してしまう。ロイは苦笑しながらも耳を傾けると、声の主の男は、錬金術師の作ったというナイフをもらったのだと言っている。 男は行商人らしく、行商先の田舎町で、偶然、それを譲ってもらう機会があったらしい。 錬金術師はこの国ではそう珍しくない。 ちょっとしたものを直すくらいの術師はいる。 だが次に聞こえた言葉が運命だった。
「へー、これ見たことない金属だよな」
「そうだろ、恐ろしいくらい切れるんだぜ」
未知の金属刃。 ちょっと失礼、それを見せてもらえませんか、と興味引かれたロイは話に割り込んだ。 ナイフを手に取ると確かに見たこともないもので、錬金術師として科学者もであるロイにも良く判らない代物だった。
なぜか鳥肌が立った。ぞくぞくした。
そうして、男達に酒を奢りながら、ロイが聞き出したのは、リゼンブール、エルリック兄弟、というなんとも曖昧な情報だったのである。






04/08/14 初回UP
05/01/23 加筆UP





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