≪おことわり≫ 前回の続き。父、親バカ気味。 「エドワード、一緒に帰ろうか」 研究室に戻ると、先に待っているはずのエドワードの姿はもう無かった。 (そうか、今日の夕食当番はエドワードだったな) 買い物にでも行ったのか。体の割には、態度はこの上なくデカい息子なのだが、一応等価交換というルールにのっとって夕食は交代で作ることになっている。 (今日は外で一緒に食べても良かったのに。…そうしたかったのだが) 講義が終るとエドワードはいくつか質問を投げかけた。周りを驚かすような発想のものもあって、それはホーエンハイムを内心たじろがせた。 手放しで息子を誉めるようなホーエンハイムではないが、今日はそういう気分だったのに。 でもエドワードの手料理が食べられる、そう思うとつい家路を急ぎたくなる。ホーエンハイムには意外だったのが、エドワードの料理の腕だった。つくる料理は限られているがそこそこ美味いものを並べてくれる。自分で作らないと仕方ない生活だったのだろうか。 買い物客で賑わう、夕刻近いマリエンの人ごみを急ぎ足で抜けながら、彼は家へと向かった。 家に戻るとあったかい良い匂いが溢れていた。 (またシチューにしたのか) ホーエンハイムは苦笑する。 だが、鍋はかかっているのにエドワードの姿が見えない。キッチンはそのままで、床には包丁が落ちている。 目を凝らすと奥の部屋でなにやらエドワードがごそごそ動いてる。 見ると、エドワードの足は血まみれで、薬と包帯を捜しているらしい。 「エドっ、どうしたんだ」 「…急に手が動かなくなってさ、包丁落として足にかすったんだ…見た目より大したことねぇよ」 関係ねぇだろと言わんばかりの素っ気無い口調。片手で不自由そうに薬箱を探っている。 「そうか、また動かなくなったのか」 機械鎧が時々動かなくなるらしい。右手はぶらりと真っ直ぐ降りたままだ。ホーエンハイムは仏頂面のエドワードをソファに座らせ、足元に屈むと手当てをしてやった。まだまだ少年ぽさの残る白い脚を見ると、自分の中では息子は別れた時のままのなのだと思える。だからつい子ども扱いしてしまうのかもしれないな…。 「…オヤジ、あ、ありがとな」 顔を背けたままぼそりと照れくさそうに礼を言う。最近ようやくなのだが、時にはこういう素直さも見せてくれるようになった。 (やはり息子とは可愛いものだ) 自分の血を引く自分とは違う生き物。新しい自分や違う自分を日々発見しているような楽しさと、独占欲や庇護欲のような愛しさを同時に注げる生き物。 我が子をこんな風に思ってはいけないだろうか。 「さ、食事にしよう、腹が減ったよ」 今日の夕食は思ったとおりのクリームシチュー。 それでも懐かしい味だ。愛した妻の、この子の母親の味がする。彼女も料理は美味かった。知らず知らずのうちに母親の味は舌の記憶に残るものなのか… 「エド、母さんとおんなじ味だね。お前のシチューは美味しいよ」 穏やかな笑顔でスプーンを口に運ぶ父親を見て、エドワードはふいと口を尖らせる。そして途端に不機嫌そうな顔になる。時として、母親の話題は彼の感情を逆撫でする。それはホーエンハイムがまだまだ自分は赦されていないと思うとき。 「言っとくけどな、アンタの為に作ったんじゃねぇからな。オレが食べたかったの!…うまかったらいいけどよ」 ああ、分っているよ、と神妙な顔で答えるが、でも本当は自分の為に作ってくれたのかもしれない、と息子が知ったら間違いなくぶん殴りそうなことをついうっとりと考える。…この子との夕食はいいものだ。 「…アルもいたらいいのに。オレ、あっちに行きてぇ…」 ぽつりとエドワードが呟く。それを聞くとホーエンハイムは何も言えない。 数日後。 いつものように講義を終えた帰り道、ホーエンハイムは街の書店に寄っていた。 研究者の性とでも言うのだろうか、興味を引く本はつい買ってしまう。自分とエドワードの興味の方向は大体似ているのだが、それでも若いエドワードの方が新しい論文を次々と読破しているようだ。研究者としても父としても負けられない、と新刊の書棚を見て回る。いくつかの書棚をまわったとき、 「「あ、失礼」」 自分の手ともうひとつの手が同時に同じ本に伸びた。みると若い男が数冊の本を抱えて立っており、それらを見るとどうも同じ傾向にあるようだ。 …これは、この本は、譲れない。そう思ったのも束の間。 その男は遠慮がちに、しかしはっきりと声をかけた。 「あの、大変不躾なお願いで申し訳ありませんが、その本を譲っていただけないでしょうか。私は明日でミュンヘンを発つので」 旅先で出会った本はおそらくその時限り。ホーエンハイムにも覚えがある。それになかなか礼儀正しい。このご時世に、旅の身で高価な本を何冊も抱えているところをみると、かなりの金持ちなのだろうか。外国人のようにも窺える。 嫌とは言えず、本を譲ってやった。男は何度も頭を下げて礼を言う。 (仕方ない、重版を待とう。エドワードも喜ぶ本だと思ったのだが) そうだ、明日はシュヴァーヴィングの書店街に寄ってみよう。向こうの方が在庫があるかもしれない。 いや、当のエドワードは今は研究旅行だというのに。つい考えてしまう。…これも親心というものだろうか。ホーエンハイムは苦笑する。 やがてエドワードが旅行から帰ってきた。 夜中、一息いれようとコーヒーを沸かし、リビングに来ると、エドワードが本を広げたまま、ソファで寝てしまっていた。 「エドワード、起きなさい。風邪をひくよ」 ぴくりとも動かない。こちらの世界はまだまだ慣れないことや納得いかないことが多くて疲れてしまっているのだろう。 仕方ないかと毛布をかけてやる。自分に似ているとは言われるが、やはり母親の面影があるのか、間近に見るエドワードの顔は綺麗だと思う。 「………さ…」 エドワードの唇が僅かに動いて小さく声を漏らした。 (何か言ったのか?) 誰かを呼んだようにも聞こえたが、それはホーエンハイムにはわからない。ふと不安が胸をよぎる。 「エド?エドワード…?」 返事が無いのを確かめると、ホーエンハイムはエドワードをそっと抱き寄せ、髪を撫で、その唇にキスを落とした。 あっちでの機械鎧が良く分らない。とーちゃん、なんだかだんだんアブナクなってきました(笑) 04/10/06初回UP 04/12/15加筆UP |