感  触 








「すまん、1本くれ」
ロイが煙草を求める。普段は殆んど吸わない彼なのだが、時折無性に欲しくなるらしい。
たまに訪れるそのときのために、ロイは引き出しに一箱は入れているのだが、 滅多に吸わないのが災いして、切らしているのに気が付かなかったようだ。
(このひとにしちゃ珍しい。イラついているのか)
今夜は夜勤となっていて、ふらりと外に出ることは出来ない。そのためか。 ハボックはそう思ったが、部下としては口に出すべき事ではないだろう。愛想よく承諾する。
「いいっスよ。オレの胸ポケット」
今、両手が塞がってるから勝手に取ってくださいよ、と付け加える。
「いいのか」
上官であるのにも関わらず、こういうときのロイは概して控えめである。
いきなり手を突っ込んだりは決してしない。育ちのよさもあるのだろうが、 それがロイを部下に、「可愛い気のある人だ」と思わせる要因になっていた。
仕事では常に的確で冷静な判断を下せる。ハボックはこの上司には絶対な信頼を寄せているが、それ以上にこういうひととなりに好感を抱いていた。

許可を得たロイの手が伸びて、軍服の胸元をまさぐる。
ハボックは手が塞がったまま、顔を傾けて下目使いでそれを見ると、間近にある男の手はなかなか形がよい。自分より年上の男であるが、まだまだきめの細かい滑らかそうな手肌をしていた。
(長くて綺麗な指だ。この指で焔を出すのか。そして女の肌を撫でるのか)
良くも悪くも女性との噂がなにかと絶えないロイだった。国家錬金術師で、若くして大佐の地位にあり東方指令部の司令官でもあるこの上司は、女には不自由しないのは当たり前と言えば当たり前だった。
司令官というのは街の名士でもあるし、地位や実力だけでなくそれに伴った経済力もあるのだから。
同じ男としては少し悔しいが、顔立ちも整っている。 軍人ぽくないからと、本人は気にしているらしい「童顔」も端から見れば若々しくて好ましい。
これでは女の方で放っておく筈が無い。好みの女を掴み取りするのもたやすいだろう。実に羨ましいことだ。

(オレらと違ってガツガツしてないんだろうな、きっと)
ハボックはふと想像してみた。この上司が女に触れて抱くさまを。 しかし、ロイの体はなぜかすんなり浮ぶのに、女の体がどうも浮ばない。
ロッカールームやシャワールームで見かけたロイの体は、手肌と同じく滑らかだった気がする。 自分より小柄なせいか、顔に張り付いた黒髪のせいか、記憶の中のロイはなぜか少年の印象だった。
(…何考えてんだ、俺は。年上の上司だろうが)
心の中で苦笑をひとつ落とす。
他人のポケットは探りにくいのか、ロイは思ったより手間取っている。指で何度もかき回す。
(おいおい、ヘンな気分になっちまうだろ。)
「大佐、俺のオッパイ、まさぐってどうするんス。早くとって下さいや」
くすぐったさをこらえて、ハボックは敢えて作り笑顔でロイの顔を見る。
「馬鹿者、女じゃあるまいし。…引っ掛かってるんだ」
ロイは口を尖らせ抗議する。
(こういうとこ、むきになるんだよな。このひとは)

「おっと」
摘み出した煙草の箱ともう一つ箱が転がり落ち、それはハボックの足元で止まった。
あ、いいッスよ、そう言おうと思ったのにロイは既に足元に手を伸ばしている。
こういうところも、素直というか、鷹揚というか、大佐が少尉の足元にかがんでも一向に意に介さない。 片手をハボックの膝に添えて支えにしてかかんでいる。 小作りで形の良い頭がすぐそこにあり、ロイの黒髪と白い手が自分の膝に触れて、意外な感触がズボン越しに伝わり、ハボックは思わずぎょっとなった。
…柔らかい。
(おいっ、大佐、アンタ、無意識なんだろうがそんな拾い方やめてくれ)
「…どうした」
箱を拾い上げ、体を起こしたロイはハボックを不思議そうに見ている。何事にも鷹揚な上司というも時には困りものだ。
「なんだ、お前、店の女性と付き合ってるのか。」
煙草と一緒に落ちたマッチ箱に入った名前に興味を惹かれたらしい。
可愛い感じのコでしてね、明日店に行くんスよ、と、さっきの感触を急いで消そうとして、ハボックはにっと笑って答えた。
「ほう、私も一度その店に連れて行って欲しいものだな」
ロイは面白がって機嫌よく笑いかける。 そして、そのまま箱から煙草を取り出し、火をつけて大きく吸い込む。長い指で煙草を挟んでは唇から離し、ゆっくりと煙を吐き出す。
たまに吸う煙草の味が気に入ったのか、自らが燻らす紫煙に身を委ねるのは心地良いのか、それを数回繰り返すうちにロイの黒い瞳は薄く伏せられ、髪を軽くかきあげ、うっとりとさえ見える。 おや、これは女が自分の色気を無意識に誇示する仕草に似ているな、と思う。
(…ふーん、こんな顔もするのか)
童顔ではあっても、司令官としての日々はロイに軍人の顔をさせ、部下の自分が見るのはたいていそういう顔。
壁に背中を預け、口を僅かに開き、顎を上げて、自分が燻らす煙を上目遣いに見つめている。 紫煙と黒い瞳のその交わりにハボックは見惚れてしまう。
(…アレの時もこういう顔してんのか)
恍惚感にも似たその表情に、どうも目が離せなくなったハボックの頭の中に、先ほどの想像がひょっこりとまた現れる。


(……………………)
「…今夜は何も無さそう…おいなんだその顔は。あ、すまん、欲しいのか?」
自分の口元をじっと見ている部下が、そんな不埒な想像をしているとはついぞ思わず、ロイは訊いてやる。 まったく、このひとは自分がそういう目で見られるとは考えたことが無いのか。
「煙草。手がまだ塞がっているなら、つけてやってもいいぞ?」
ロイが箱からもう1本煙草を取り出しかけたそのとき、ロイのデスクの電話が鳴った。
「…今頃何だ。仕方ない、お前、これ、私の替わりに吸ってろ」
ロイは不満そうに舌打ちしながら、咥えていた煙草を抓み、それをハボックの口にぐいと押し込みデスクに向かった。
(うひゃっ)
ヘビースモーカーにとって煙草は自分の分身的存在だが、いきなり押し込まれてはさすがにきつい。 むせそうになるのを堪えて、呼吸を整え、フィルターに舌を絡める。
既にロイの口内で唾液に湿り気を与えられたフィルターの感触は少しひんやりとしている。
(ん)
ハボックは器用にそれを咥えたまま、唇の隙間から煙を吐き、数回繰り返して吸い終えた。
(はぁ)
息と同時に最後の煙を吐き出すと、ずっと手を塞いでいた作業もようやく一段落ついた。 デスクを見ると、ロイはまだ電話をしていた。目だけで断りを入れ、煙草の箱を持ってそっと立ち上がり、廊下に出る。 壁にもたれてしゃがみこみ天井を見上げて再び、はぁ、と息を吐く。
(なんで俺が逃げ出すみたいに)
新しく1本を取り出し、火をつけた。新しい煙草はフィルターも乾いていて苦かった。
(煙草の味はこれだろ。そうでなきゃ困るんだよな)
昔、女の子と戯れで1本の煙草を交代で吸った事を思い出す。 あのフィルターの湿り気の感触…唇はこうなのか。 あんな顔見た後じゃダメかもな。比べちまうよ。ああ、俺はまた女運が無いぜ。
(っていまさら、青臭いガキじゃああるまいし。阿呆か)
いっそのこと本当に無能なひとだったらいいのに。お蔭で離れられやしない。ある意味、俺は上司運も無いのかもしれない。
マッチ箱を手のひらで弄びながらいつもより時間をかけて煙草を吸った。
――――まったく、夜勤の煙草はひとりで吸うに限るぜ。











☆…お約束煙草ネタ(///) 前に書いたものを引っ張り出しました。すいません。
    ハボックさん、好きですvv  04/10/19








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