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「…は、鋼のッ!」 声を掛けられた黒髪の男が、その驚きを喜びに替えて駆け寄ってきた。 そして、青年の肩を抱きしめ、何度も何度も名前を呼ぶ。 「…鋼の。いや、エドワード、エドワード、エドワード、エドワード…」 その男の着衣の様子から明らかに見て取れる地位が、そして男の顔を知っている人も相当いるのだろう。 廊下を行く人がいちように驚いて立ち止まって二人を見ている。 「なぁ、通る人がみんなこっち見てんだけどさ。アンタ、いいのかよ。」 おっとすまない、と笑いながらも悪びれた様子は全くなく、多数の見物人を尻目に手を取って歩き出す。 「近々来るとは思ってがいきなりだな。連絡くらいくれたまえよ。さっきは息が止まりそうになった。」 「びっくりさせようと思ってさ。」 「…元気そうだな。良かった。」 エドワードは、へへっと照れくさそうに笑った。 「こっちだ。皆にも会うだろう?」 「うん、それも楽しみにしてた。」 「あ、会議は終りましたか、中…、あ?エド?!お、お前、エドかよっ!エドっ!!」 それを合図かのように、室内の人間が一斉にこちらを見る。 「エド!」 「大将!」 「お前、来たのかよ」 エドワードという名前を聞きつけて、皆が声を掛け、側にやって来る。 その歓迎ぶりにようやく顔を上げたエドワードは、入ってきた女性と目が合う。 「…あ、…ホークアイ…」 「エ、エドワードく…ん…」 あとは声にならない。冷静、と評されるこのひとが眼を潤ませている。 そしてエドワードも。 午後遅くになってから、空気はようやく湿度を落とした。 窓から入る風は、さらさらと心地良い夏の南風になり、エドワードの金髪を揺らしていく。 大きなソファに座ったまま、デスクで書類に目を通す男に話しかける。 「なあ、また上がったの。さっき中将って呼ばれてなかったっけ?」 男は顔を上げずに返事をする。 「今はまだ少将だ。正式に中将になるのは来月からだ。」 「大して変んないだろ。あと半月も無いんだから。すごいなぁ。」 エドワードは嬉しそうに笑う。 「これが片付いたら今日は早く帰れる。もう少し待ってくれ。」 「やっぱり連絡すればよかった?オレ、迷惑だったかな。ごめん。」 しゅんとなってエドワードは俯く。 「バカな。」 男は笑った。 夕方近く、男はデスクを整理して立ち上がる。 「これを副官に渡せば今日はこれでよい。」 「それって、アンタ以外は残業かよ。酷いなぁ。」 いいの?オレ、そんなんで恨まれんのはヤだよ、と少し遠慮がちにエドワードが首をかしげる。 「構わん。今日はなにをしてもきっと大目に見てもらえそうだ。」 片目を閉じてみせ、そういって先ほどの部屋に繋がるドアを開ける。 そして仕事をしている部下たちに告げる。 「すまない、今日は先に帰らせてもらうよ。」 「ええ〜〜!」 「そりゃないですよ!少将ひとりだけなんて!」 上官に対するものとは思えない言葉で、あちこちから抗議の声が上がる。 「…その、ダメなのか?」 高位の上官は、思いがけない部下の抗議に、困った顔になって立ち止まる。 その様子にホークアイが微笑みながら言う。 「今日は仕方ありませんね。でも、明日は私たちにもエドワード君を貸してくださいね。」 抗議の意味はそういうことだったのだ。 エドワードは少し照れくさそうに頬を赤らめた。 青年はエドワード・エルリック。 男はロイ・マスタング。 二人は一年ぶりに再会した。 |