----- F u t u r e  〜 Another Story -----




◆  小 夜 千 鳥  2 ◆






ロイは大通りに出ると、車を拾ってエドワードを乗せた。
「鋼の。君のホテルはどこだ。」
エドワードがホテルの名前を告げると、ロイは運転手に紙幣を何枚か渡し、この子をホテルまで送ってやってくれ、と頼んだ。
「ロイ、アンタは送ってくれないのかよ。」
目を赤くしたエドワードが車からロイを見上げる。
「…悪いが用を思い出した。明日司令部で会おう。気を付けて帰りなさい。」
何か言いたげなエドワードから視線を外してドアを閉め、車が遠ざかるのを見届けた後、ロイは違う方向へと歩き出した。


中央司令部からさほど遠くない場所にロイは家を借りていた。新興開発の地区で辺りにはまだいくらかの雑木林が残り、 仕事や生活に便利な割には静かな場所でロイは気に入っていた。
かちゃ、と小さく鍵音を云わせて家のドアを開くと、ロイは髪をくしゃりとかきあげながら、灯りもつけずに真っ直ぐに寝室に向かった。薄闇の中、ベッドは朝飛び起きたままの状態でシーツはよれていたが、上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めると、構わずどさりと腰を下ろす。そして顎の下で両手を組んで長い間闇を見据えていた。時折雑木林の方から、ばたばたと羽音が聞こえ、暗い部屋に響く。やがてきっぱりと立ち上がり、もう一度服装を整えるとロイは足早に部屋を後にした。


「すまないが、人を探しているので、部屋番号を教えてもらえないだろうか」
ロイはエドワードのホテルに来ていた。フロントで用件を告げると、係はこの身なりの良い紳士の要求をどうしたものかという表情をしたが、ロイが軍の階級身分証を見せると、すぐに教えてくれた。ロイはチップを渡すと急いでエレベーターに乗り込んだ。


エドワードは部屋で荷物を開けていた。こうやっているとアルフォンスと旅から旅への日々を送っていた頃を思い出す。 …もう随分になるな。…そう、ロイと会ったのも1年振りだというのに、あんな風になってしまった。 ロイが自分を気遣っているのは解るし、心配掛けまいと隠し事をして却って怒らせてしまった。金色の目元がじわりと熱くなる。オレはこんなに泣き虫だったのか?
また泣きそうになるのを堪えながら、エドワードはバスルームに向かった。こんな暗い泣き顔はさっさと流してしまおう。明日また会えるのだろうし。今更考えても仕方ない。それに今日は暑かった。このままじゃ折角ロイが送ってくれた服が汗臭くなっちまう。


シャワーを出したままでお湯を溜め、髪を解いてエドワードはバスタブにそっと身を入れた。程よい温度がゆったりと心地良く、静かに身を漬している内に気分の悪さもおさまったようだ。 以前よりも伸びた髪の毛先から、お湯が吸い上がってくるのが判る。頭が徐々に温まって濡れてくるくすぐったさと、シャワーのリズミカルな水音がエドワードの沈んだ気分を少しづつ持ち上げた。 つと、シャワーの下で右手を掲げ見る。すると機械鎧の指先から伝ったお湯が、エドワードの肩を通って胸元へぽたぽたと落ちる。
(…変わって無いよな。そのまんまだ。)
もうこれはこれで事実として目の前にあるのだから、受け入れなければならない。さらに機械鎧より大きな事実は増えた。 だったらまたもや立ち止まってもいられないのだろう。エドワードは持ち前の気性でそう考えた。そして、レストランでロイが触れた頬に左手を置き、そのままそっと唇をなぞった。


ロイはエドワードの部屋の前に立っていた。
ルームナンバーを確かめ、軽くノックをしてみる。が、返事はない。
(もう寝てしまったのだろうか)
暫く待ってもう一度ノックをする。やはり返事は無かった。
フロントに頼んで開けてもらった方が良いのだろうか、とロイが考えたその時。
ドアの内側でぱたぱたと小さく足音がした。ロイはもう一度ドアを叩いた。

(…誰かがノックをしたみたい。誰だろう。宿の人が用事で来たのだろうか)
エドワードは、はい、と返事をして僅かにドアを開けると、ドアチェーンの向こうにはロイの姿があった。


「ロイ!?」
エドワードは慌ててチェーンを外した。
バスローブとスリッパ、髪からは雫がぽたぽた垂れている。そんなことも忘れてエドワードは廊下に飛び出した。
「…鋼の」
ロイはなかなか言葉を紡げないでいるらしい。唇が僅かに上下して何度か隙間を作り、息を音声にしようとしているが、それは言葉にならない。そして両手を拳に変えて握り締めている。 やがてそろそろと片手が動き、エドワードに向かって伸ばされたが、触れはしない。
「…ロイ!」
その声に我に返ったかのように、ロイはぴくりと動く。
「ああ、遅くにすまない。その、君の様子が気になって来てみたんだが」
…大丈夫なようだし、それにどうもその格好では。ここは廊下だ、さあ、部屋に入りなさい。
「ロイ?」
促されて部屋に戻ったエドワードはロイを見詰めた。ロイの黒い瞳の中に小さな金色の自分の姿が在るのが見えた。 ロイもエドワードを見つめる。エドワードの金色の瞳の中に小さな黒い自分の姿が在るのが見えた。
「ロイ」
エドワードがロイに手を伸ばした。目が大きく開かれ熱を持ったように潤んでいる。 途端にロイは慌てたように目を逸らした。
「鋼の。もう休みなさい。ああ、ちゃんと髪を乾かしてから寝ないと」
そう言って背を向けて歩き出したとき。
「ロイっ!!」
エドワードがロイの背中にしがみ付いた。ぎゅうっと。痛いくらいに。 この子にこんな力があったのか。ロイがそう思うほどの強さでエドワードはロイを部屋に引き戻した。


エドワードの感触を背中で感じてロイは成す術も無く立ち尽くしていた。 体の奥から更に強い感情が湧きあがる。躊躇いと戸惑いの後にやっとロイは口を開く。
「…さあ、もう離しなさい。帰れないだろう」
ロイはしがみ付いたままのエドワードの手に、自分の手を重ねてあやすように軽く撫でた。
「…嫌だ。アンタは一体何しに来たんだよ」
しがみついたままエドワードが声を絞り出す。そしていきなり手を離すと今度は前に回ってロイの顔を覗きこんだ。
「君が気になっ…」
全部言い終わらないうちにエドワードの唇がロイのそれを塞いだ。 ロイは慌ててエドワードを引き剥がす。
「やめなさい!」
「なんでだよっ、オレを抱きに来たんじゃないのかよ」
「違う、私は」
「嘘だ、嘘つきっ!目を逸らすなよ、アンタはオレが欲しくないのかよ」
エドワードは本気で怒っている。
「オレを…抱けよ…それとももう…オレはいらないのかよ…」
エドワードはついには涙声になった。
「オレは…オレは…うっ…ロイ…ひっ…が…欲しい…よぉ」


(…駄目だ)
自制心が吹き飛んだ。ロイはエドワードを乱暴に引き寄せた。そしてあらん限りの力で抱き締めた。 湿った背中に指を立て、濡れた金色の髪を掻き毟り、めちゃくちゃに掻き抱いた。 顔を上げさせ、額に目に鼻に頬に次々と唇を落とし続けた。唇を重ね、吸い取り、舌を絡め、口腔を味わい、 歯列をなぞり、ひたすらに貪りつづけた。息もさせない。エドワードも必死でそれを受け止める。 金色の目が彼の本気を物語り、ロイの本気を写し取る。ロイはエドワードを抱き上げベッドに落とした。 上着を脱ぎ捨て、靴を投げる。そうする間にもエドワードの手がロイのネクタイを緩め、シャツのボタンを外しにかかる。 二人とも何も言わない。ただもうお互いが欲しかった。



真夜中、ロイはふと目が覚めた。小さく鳥の鳴き声を聞いたように思った。
弱い灯りの中、部屋を見回し、ああ、ここはエドワードのホテルだった、とロイは思い出す。 それほど夢中だった。一体どれくらい求め合ったのだろう。 体を横たえたまま脇を見ると、エドワードは安らかな寝息を立てている。起こさないようにそっと抱き寄せ、軽く口づけを落とした。


(あれは、何という鳥だった…?)
ここは街中なのに。きっとこれは充足感がもたらした夜の夢なのかもしれない。幻聴なのかもしれない。エドワードの声に似ている、ロイはそんな事を考えた。 自分のもとに帰ってきた少年の髪に触れながら、ロイは自分の幸福を思った。 そうだ、明日は、いやもう今日になったか、司令部に彼が来たらあれを渡そう。きっと受け取るだろう。 そう考えながら、うとうととしたなかで、ロイはもう一度目を閉じた。








Fin.
☆  …中途半端でゴメンナサイ(たぶん別の所に1本UPします) 
     結局エドとロイの年齢を決められないままです。…エド18歳位?かな?(むむう)






back    NOVEL TOPへ戻る


[PR]動画