誓 い 








≪ side Roy   ≫

契約が反古になるところだった。
目が覚めた時、そこが病院で、生きているのだと自覚をしたときそう思った。 脇腹の傷がひどく痛む。火傷特有の刺すような鋭い痛みと、ずきずきと継続するような痛みが同箇所に同時にある。 俺は出血を止める為、苦痛に何度か気を失いそうになりながら、傷口を自分の焔で焼いて塞いだのだ。焔で焼かれるとはこういう痛みなのか。その痛みに俺は己の業を思った。

俺はちっぽけな人間で、錬金術師で、多くの人間を焼いた。 毎日毎日硝煙と黒煙に軍服を汚し、辺りに漂う己が焔で焼いた人間の脂肪に唇をべたつかせていた。
焼きたくもない人間を命令どおりにひたすら焼き続ける理不尽さに俺は自分に誓いを立てた。 こんな誓いに道連れはいらない、自分だけの誓いの筈だった。
それなのに、あの男は私の道連れを志願した。志願したと言うのは正しくない。 理不尽を理不尽と感じなくなるような追い詰められた日々、命令に従うのが絶対でそれが仕事である以上、 口に出すのも憚られることも、僅かな時間を惜しんで語るのが唯一の息抜きだった。 疲れきっていて、とつとつとしか言葉にできない俺の話を、我慢強く訊いてくれた。
ある日、俺はついにそれを口に出してみた。
笑われるかと思ったのに、何も言わなかった。戦場でも笑顔を絶やさないあの顔が、真顔になり、ただ深く頷いた。
言霊、というものがあるそうだ。言葉は口にした途端、魂を持ち、命を与えられ、生き物となるのだと。 言霊によって交わされた約束は契約となり永遠の効力をもつのだと。
俺はロマンティストでもなんでもない。迷信も伝説も俺は知らない。そして俺たちは約束を交わしたわけではない。ただ頷いただけなのに、それなのにあの瞬間、俺たちの間には確かに言霊が生まれた。 その日から、俺は自分の能力を疎むことなく恥じることなく目的のために使い続けた。ただ、俺は焼きたくて人を焼くことはなかった。だが、今回は違った。心の底から、明確な意志と憎悪を持って何度も何度も焔を放ち、ひたすら焼きつづけたのだ。 お前を殺し、俺と部下を絶命させようとしたあの女の形の生き物を。人を焼く事がこんなに喜ばしかったのは初めてだ。俺は自分のこの能力を心から良かったと思った。一体何度放ったかも判らない末に、女はようやく絶命し、消えた。
部下が俺を呼ぶ声を聞きながら思った。俺が死んだら言霊も消えるのだろう。約束を知っているものがいなくなるのだから。
だから、新たに自分自身に誓いをしようと思う。俺はその日まで何としても生き延びる。そしてお前よりもう誰も俺より先にいかせない。
聞こえたか、ヒューズ。お前が俺の誓いの証人だ。





≪ side Liza ≫

私は間違えるところだった。
命なんか惜しくないと思っていた。自分が守るべきものを見つけたときから、知った時から、自分は影であり、盾でよいと思っていたし、実際そうしてきた。部下というものはそれが仕事だと。
でもあのひとは部下に部下を求めながら対等であるべきものを求めるひとだった。
すでに屠った、と聞かされたとき、私は自分のやるべき誓いの対象を無くしたと思った。 自分を世界に繋ぎとめる存在がなくなったとき、ひとはどうするのだろう。多くのひとは自分もなくしてしまおうと思うのだろう。 私もそうだった。目的も使命も誓いも自分自身も無くしてしまいたかった。早く私を消して。そう思った。
私は鎧の少年に早く逃げるように促した。せめてこれを自分が盾となる最後にしよう、と。でもそれは欺瞞だった。 自分が消えたかっただけ。消える理由に少年を逃がす為、そう、利用しようとしただけだと。 私が消えたら、彼に全てを背負わせるところだった。私は自分を自分から守りたかったの。あの期に及んでも。
絶望の中であのひとの声がした。屠られてはいなかった。私は愚かな。自分の目でで確かめる事もしないで、鵜呑みにするなんて。
私が絶望から戻った以上に、あのひとは私が無事であることを喜び、望んでいたのだと。 守るべき存在に守られている。守ることが私の力であったように、あのひともまたそうなのだ。 生き延びる事があのひとに力を与える。それがわかった。
だから、新たに自分自身に誓いをしようと思う。私はその日まで、いえ、その日が来ても、役目が終っても、生きる。 あのひとより先にはいかない、と。
私は私の誓いの証人になろう。





≪ side Alphonse ≫

いつも守られてきた。
母さんに、兄さんに。周りの人すべてに。 特に兄さんはいつも僕を守ってくれた。僕のことをいつも考えていた。 こんな風になったのはオレのせいだ、そう言って。嬉しかったけど時には嬉しくもなかった。 言い換えれば僕が非力に他ならないからだ。そう言われているようで。
ずっと諍いや争いを避けて生きていくのが自分に相応しいと思っていた。兄さんはあんな性格だし、 それと反対側にいるのが自分の務めだとも。流れを受け入れるのが良い事だと。
でも望むと望まないとも、関係なく、故意の、必然の、悪意は存在する。 僕は肉体がなくて、これは仮の入れ物だ。こんな魂だけでも悪意にさらされる。存在するというだけで存在を脅かされる。
目の前のひとは、希望を失って逃げることさえ疎んでいる。自分にもう生きる意味はないのだと。だったら、魂しかない僕は意味すらないのだろうか。違う。こんな姿でも意志はあるし、誰かと出会うこともできる。
自分を置いて逃げろというけど、守ってくれるのだろうけど、僕の心はもう小さな子どもではない。 ここで流れを黙って受け入れるほど非力ではないし、非力でいたくない。 たとえ及ばなくても、このひとを守ってみたい。争う事は今まで好きじゃなくて、逃げてきたのかもしれない。 でも自分の目の前で誰かが死んでしまうのはもういやだ。だから全力で戦う。
守ってみせる。 これからもずっとそうする。誰も知らなくていい。
僕だけが知っている僕自身への誓い。








☆ガンガンを読んでシリアスを一本書いてみました。  04/09/







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