―― ふと思う。何故、己はここにいるのかと。 湿った熱い息が絡み合う濃厚な時は終焉を迎えた。 部屋の空気は、噎せ返るような重みを床に落とし、替わりに冷えた沈黙を持ち上げていた。 毛布から出た肩の汗ばみはひんやりとした湿り気に変わってゆく。 ああ、まただ。 こうやってまたひとつ繋がるのが終わった。 熱を吐き出して喘ぎを吐き出して。 気だるさと快感と義務と演技と。どれもほんとうでどれも違うのかもしれない。 いったいこうやってなんど躯をひとつにしたのだろうか。 背徳を隠す闇は徐々に薄くなり、麻色の夜明けがもうじきやってくるに違いない。 薄毛色のシーツの上で、精を吐き出した解放と疲労に、闇色の睫毛を伏せて、ロイ=マスタングは密やかに身を沈めていた。 男を包む気だるい満足と引き換えに得たのはいくばくかの後ろめたさ。 彼は闇色の双眸を伏せたまま、薄闇の中の気配を感じていた。 それは、自分の横で眠っている筈の少年からの気配。 僅かに耳に届くのはきしきしという連続した軋み音。 手を開いたり閉じたりしている少年。 先程まで熱く情を交わしていた生身の手は皺だらけのシーツに横たえられ、少年は鋼の手を己の胸の上で無言で動かしていた。 幼子が無意識に手を求めるかのように。 「・・・・」 その気配を感じながら男は初めて少年とからだを重ねた日のことを思い出していた。 あれは。いつだったか。 夏の東方司令部。 その年は例年になく猛暑の年で、空調のあまり効かない司令部内は、熱気と不満を篭もらせていた。 次々とやってくる報告書や決裁書、許可申請、訓練、出動命令、マスタングは超多忙の日々を送っていた。 そんな日々の中で支部、司令部の報告会議があった。 東方司令部に集まった面々は猛暑への鬱憤晴らしのように若き司令官をここぞとばかりに叩く。 務めて冷静にそつなくかわしてはいたものの、内心はほぼ限界に達していた。無能連中め。暑いからとくだらないことばかり言いやがって。 やっと会議が終わり、将軍達を送り出して、己の執務室に足音荒く戻ったロイは疲弊しきっていた。そして不機嫌に苛立っていた。体の奥底から疼くような苛立ちと熱さ。なんだこのひどい苛立ちは。早くこの苛立ちを沈めなければ。益々仕事が溜まってしまうではないか・・・。男は窓際にたって少しでも涼を得ようと試みていた。 「・・・まったく」 男がそんな事を考えていた矢先のことだった。。左右で違う足音をさせて、鋼の錬金術師のエドワード=エルリックがやってきたのだ。 「久しぶり、大佐。・・・ああ、もう、ここも暑いやー」 明るい金髪の生え際に汗をかいている。エドワードは上着の前をぱたぱたと動かして、空いた椅子に座った。 「司令官室は空調が効いていると思ったのに。ケチるなよな」 相変わらずの口の利き方は、男の不機嫌を刺激した。ロイはややむっとなって言葉を返す。 「だったら上着を着なければいいだろう。この猛暑に着込んでるなんて君は馬鹿か」 「だって直射日光は機械鎧にひびくんだよ。熱を持って俺は余計に暑いし、機械は不調になるし、しかたないんだぜ?」 そういいながら少年は上着を脱ぎ始めた。黒のタンクトップから見えるまだ幼い肌は、汗を纏わりつかせて艶やかに光っているように見えた。思いもかけぬ艶やかさ。これは。 体術で鍛えたといえど、少年とも少女ともつかぬ中性的なしやなかさに男は思わず目を細めた。大人の女しか知らなかった男には新鮮に映ったようだ。 生え際から首筋、肩、腕。目を逸らせなくなって。 やがて少年は男の視線に気づいた。 「・・・なんだよ?なに見てんだよ?今更機械鎧が珍しいのかよ?」 「いや」 それだけ言うと男は窓をそっと閉めた。 ドアの向こうの部下たちは、少年が来た時は大佐への報告と知っているので、小一時間は入ってこない。 どうしたんだ、私は何をしようとしているのか。 「? え、窓閉めんの? 余計に暑いじゃん。大佐、暑さで脳やられたんじゃねーの」 「ああ、そうかもしれん」 ここしばらく多忙さに疲れきってろくに眠る時間も無かった。 この苛立ちを鎮めるためにもいっそ抜け出して、しばし町の女でも誘ってみようか。男は疲れると却って欲望が増すものだ。 そんなことを考えていた矢先にこの少年が飛び込んできて、思いも寄らない肌艶をさらけられたのだ。 この小生意気な少年を苛めてみるもの一興かもしれない。自分が男の欲望と加虐心を刺激したのを、エドワードは全く分かっていなかった。 私のせいではない。こんな時にやって来て肌を晒した彼が悪いのだ。かれは性については幼すぎる。おそらくまだ知らないのだろう。無知は罪だ。だったらその無知を私が正しく教えてやり、その無知という罪を償わせるのだ。そう思えばいい。これは大人の務めなのだ。 でも。いや。しかし。暫しの葛藤の後、ロイは自分の中のもう一人の自分が背を向けてそっとほくそえんだのを知った。 「・・・あっ?」 いきなりぐいと引き寄せられた男の膂力にエドワードは驚いた。何が起こったのか。見れば上官であり後見人でもあるロイ=マスタングは眦をきつと上げて少年の細腕を掴んでいる。思った以上の大人の力と、何が起こったのか状況の分からないエドワードはその腕を振り解くことも出来ず、金色の双眸を大きく見開いている。 「・・・やっ!?・・・なに?・・・すんだよ?」 「せっかく来たんだから、君の未知の分野を教えようと思ってね。知識と体験は多い方が良いだろう?」 少年が眼前で見上げた黒髪の男は、自分が普段見知っている男ではなかった。男は毒気を含ませて唇の端を持ち上げ、微かに嘲笑ったように見えた。 続く 05 10/17/UP 藤壺よもぎ師匠のリクエストをアップさせていただきました。…やっとこ(涙&土下座) すいません、1回で書ききる気力がありませんでした。許してください!師匠!! |