蒼闇、月は緩い。  2       












東方司令部前の河にかかる大橋の欄干に寄りかかり、エドワードはやっとこのことで立っていた。
煉瓦と鉄で出来た年代もの欄干は、この猛暑で熱く焼けただれていたが、エドワードはそんなことも気づかないくらいひどく混乱していた。流れる水さえも渦まくかのように。
「・・・はぁ、はぁ」
荒い息を吐いてこの炎天下に居る少年を、時折、通行人が好奇と訝しげな目を向けるが、特に省みようとはしない。午後の太陽がじりじりと少年を射す。顔色も良くない。
「おい、君、大丈夫か?」
親切心から声をかける人もたまにいたが、エドワードは返事をしないでただ俯いて黙っている。そしてそのうちに、声をかけた人も首を竦めながら行き過ぎてしまうのだった。
「・・・ふ・・・ぁ・・・っ」
やがて涙が滲んで視界が翳み始めた。頬を伝う滴は、小さな音と泡を立てながら、焼けた欄干の上で瞬く間に蒸発していった。


…ウソダ。

サッキノハ。

―――アレハ俺ノ知ッテイル大佐ジャナイ。

ウソダ。

チガウ。


混乱した頭で否定し続けて、それでもあれは一時の悪夢だったと、必死で自分に言い聞かせていたエドワードだった。
暫くしてやっと思い出したかのように、なんとか宿まで歩こうと脚を踏み出した時だった。
異変に気づいた。
いつ司令部を出て、どうやってこの橋まで辿り付いたのか。それすらもろくに覚えていない位に小さな躯に緊張を強いられていた為に、まだ起こっていなかった異変だった。
数歩歩いた時、自分の後から少しづつ伝いだしてくる液状の感触を。
どろりとしたそれはエドワードの秘所から伝いだしていて。
肌を濡らして、下着を濡らして、濡れ溜まりを作り、そしてやがてズボンに小さな染みをつくりながら、生身の脚にもゆっくりと伝いだしてきた。生温い生き物が這うような体液の感触と嫌悪感。
そして異臭にも。
「あっ、あ、や・・やだッ・・・!」
橋の上の大通りで独りぶつぶつと言いながら身を捩る少年。
傍目からは少し頭の弱い哀れなこどもにみえることだろう。
だが、エドワードが慌てて身を捩るほどに、体液臭は、暑さでより強く生々しく青臭い独特の臭気を放って、エドワードの鼻腔にとどいた。はっきりと分かる臭いで。
そして。肩から羽織ったエドワードの上着からも異臭がしていたのだ。
エドワードは自分があの体液まみれになっていることにようやく気づいた。


ああ、白昼夢でも一時の悪夢でもなかった。
これは現実に、本当に、自分の身に起こったことなんだ。
どうしようもなく、どうしようもない、どうすることも出来ない、まぎれも無い事実なのだ。


ジブンハサレタノダ。
ろい=ますたんぐニ。
…「せっくす」ヲ。


先刻の司令官室。男の執務室。
ロイ=マスタングは夜の色の双眸を一度瞬かせて静かに言った。
「そう、君に未知の分野を教えようと思ってね」
普段見知った男の顔とは違うような気がしたが、その意味がわからず、ただロイの意外な態度と、未知の分野という語に、好奇心を揺らされて、金色の目を見開いていたエドワード。
(…俺の未知の分野っていったいなんだろう?)、と。
腕を掴まれても振り解けなかったのは何故なのか。急に腕を掴まれた嫌悪感はあったものの、少年には男の意図がまだわかっていなかった。すると。
「あっ?なに・・・す・・・っ・・んんっ・!!」
最後まで言い終わらないうちにエドワードの唇が男の唇でふさがれた。
何が起こったのか。自分の唇がロイと重なっているのだ。これはキス?なんで?なにを?俺に?
疑問符がエドワードの脳内一気に溢れてぐるぐる回った。ただ驚きだけが。
男は容赦なくぐいぐいと嘗め尽くすような強さで吸い続けた。
自分よりずっと背の高い大佐に顎に手を掛けられ、無理矢理上を向かされていると、小さな体は爪先立ちでも足りなくなり、殆んど首吊り状態と同じになっていた。
「あっ、や・・・う・・・く・・・」
塞がれ続ける唇の圧迫感と息苦しさに抵抗しようとしたが、腕は片手を完全に掴み取られ、頭が痛むほど書棚に押し付けられ、鍛えられた大人の軍人の体を押し付けられたまま、男を蹴り上げる事もままならず、ただ爪先が宙をばたばたと泳ぐだけ。
もがけばもがくほど首が絞まっていくようで息苦しい。
エドワードは大きな金色の目を見開いたまま泪目になっていた。
「うっ、う、う・・・ッ」
ロイは唇を暫く存分に味わうと、顎と腕を掴んでいた手をいきなりに外した。するとずるずると、エドワードは呆けたように力なく崩れ落ちて、床にへたり込んだ。
頭の中が真っ白になっていて。息が苦しくて。口元からは男の唾液がつう、と細い糸を引いていて。押し付けられた頭と掴まれた腕と顎は鈍い痛みが残っていて。
男はエドワードの前にしゃがむと、殊更優しげに囁くように絶望的な言葉を彼に与えた。
「・・・いい子だ、エドワード。ところで、ここで君が騒いだとしても、誰もこないよ。君の叫びが聞こえたとしても、誰もこない。何故なら、彼らは私の部下で、ここは私の執務室で、きみは私の軍属だから。彼らは私を選び、誰も君を選ばない。そう、たとえ中庭で君を身を抱いたとしても、だ」
男の黒い瞳からは加虐的な片鱗と薄っすら笑った口元には毒のある微笑を浮かべていた。
すっかり呆けたようになっているエドワードの前髪を男の指が弄んだ。さらさらと細い金の糸が、凶悪な口付けによって乱されている。それを、すう、と梳き解くように優しく頭を撫でた。
「きれいな髪だ。神聖な太陽の色だ。これから私が穢してあげよう」
エドワードが自分がこれから何をされるのか、どんな目にあうのか、分かった。暴力による性への怯えは彼の思考を停止させ、人形のように固まって動けなくなった。もはや男の手の内の金色人形。
殊更未知の行為はもちろん恐怖心を伴うが、それ以上に、エドワードは、今日のロイ=マスタングには畏怖の感情を芽生えさせていた。
やがて、ロイは床に座り込んだままのエドワードの顎をまた掴んで、隙間を作ると舌を侵入させた。
男は少年の口腔内を蹂躙し始めたのだ。

続く







大佐に「誰も君を選ばない」といわせたかったのです。暗にエドワードは大佐の言いなりになるのが決まっているのだと。大人の凌辱はまだまだ続きます。すいません。 05 10/30/UP






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