ひとつ屋根の下  3       エドワードとホーエンハイムの話

≪おことわり≫ 前回の続き。父、ダメ気味。結局ホームドラマ?








深夜、ミュンヘンの街の一角で、若い男の怒声が激しく響く。
その合間に怯えるような逃げるような誤魔化すような声が混じり、それは若い怒声を一層激しくさせているらしい。
「…てめえぇ、何てことしやがるんだよ!お、俺っ…!この変態クソオヤジ!」
「ま、待ってくれ、エド、父さんが悪かった!あ、いや、その前に話を…うわっ!」
クソオヤジとやらは、息子の半端ではない怒りっぷりに本気で怯えているらしい。壁際に追い詰められて哀願する声で応答している。 涙混じりの怒声と一緒にクッションがぶっ飛び、新聞や雑誌が床に叩きつけられるような激しい音もする。

―――どうやらリビングで親子喧嘩が展開されているようだ。

「エドワード、落ち着けっ、な、ご近所迷惑だろう、ここは街中でリゼン…!」
最後まで言い終わらない内に新たな雑誌が飛んできて、ホーエンハイムの顔面を直撃した。哀れな父親は鼻血を垂らしながら、壁を伝ってずるずると床にへたりこむ。それでも息子は容赦しない。つかつかと近づくと、大きくない身体で、父親の胸倉を掴んで凄まじい形相で引き摺り、起こす。
「誤魔化すんじゃねぇよ、このヘンタイ!アンタがこんなヘンタイだったなんて!」
怒りではぁはぁと息荒く、興奮状態のエドワードは、涙目になって父親に掴みかかる。普段も何かと突っかかる息子だが、今の尋常でない様子にホーエンハイムはついに覚悟を決めて目を閉じた。
(殴られる…!)
しかし。エドワードはふっと手を離し、目を瞑っていた父親は、今度は床に顔面をぶつけることとなる。鼻血と口を切った血がまみれ、ホーエンハイムは顔中を赤くして呻きながら、それでも息子の様子を窺うと、のろのろと身体を起こした。
「ひでぇじゃないか、アンタ、父親のすることかよ…これって侮辱すんのかよ…」
何かと強気で尊大で、親を親とも思わぬところのある息子。だがその原因は、自分が作ったものだし、それでも一緒に暮らして、少しは素直なところも見せるようになってきた矢先。そのエドワードの今にも泣き出しそうな表情に、ホーエンハイムはさすがに大きくずきんと胸にきた。ああ、きっと間違いなくあのことだ…
自分だけの秘密のつもりが、既に当のエドワードの知るところとなっているのか…
もう駄目だ。隠せない。告白しよう。謝ろう。多分、殺されるかもしれないが。
ホーエンハイムはついに腹を括った。
「エド、すまない、ついあんなことをしてしまった。その、お前が怒るのは当たり前だ。私はお前の実の父親なんだし…出来心なんだよ…お前が可愛くて…」
それを聞いたエドワードの表情がみるみる変わる。
「可愛くて、ってあんなことすんのかよ!!信じられねぇ!俺の大事なものをっ!初めてなのに!」
今度はホーエンハイムの表情がみるみる変わる。
大事なものって…もしかしてこの子は…初… そうなのか…? 私が初… 
そこまで考えたとき。息子は腕をがっしと掴み、父は痛みで顔を顰める。構わずエドワードは父親を奥の部屋へと追い立てた。そして指差す部屋の一角には…。

「アンタ、学会だなんて、わざわざベルリンにこれ買いに行ったのかよッ!」
表に“ BERLIN NACHT ”と書かれた雑誌、そしてそれ以外にも数冊の雑誌。
その中身は…
「ハダカ本ばっかじゃねぇかッ!このヘンタイ!俺の研究レポート、アンタがなかなか返してくれないからアンタの部屋捜したら、このエロ本の間に全部挟まってたじゃねぇか、しかもバラバラで!俺のレポート、スケベ本の栞(しおり)代わりに使いやがったな!信じられねぇ!俺の研究侮辱すんのかよッ!これ、初めて学会誌に載った研究なんだぞ!それに、それに、なんだよ、本の女!…母さんに似てるじゃねぇか…一緒にするなよぉ…母さん可哀想じゃねぇか…ひでぇよ」
最後のほうは涙声になって、一気に捲し立てて父親を責める息子。ホーエンハイムは今度はなんとも複雑な表情になった。
――くちづけがバレたんじゃなかったのか…よ、良かった…。心の中で安堵する。
あの夜から愛しさが募るとひそかに落としていた、唇に。
しかし、とりあえず命拾いはしたものの、これはこれで絶体絶命ではないか。
ベルリンでの学会のあと、クーア・フュルシュテンダムへと誘われて、つい買ってしまったエロ雑誌。しかも、気が付けば、妻似の、ひいてはエドワードの面影のある女性が載ったものばかりになっていた。我ながら何てことだ…。
そして、エロ本を広げた上で、エドワードのレポートを読んでいたのはマズかった…結果、栞になってしまったのは否めない。それをうっかり部屋に置いたままで隠しもしなかったホーエンハイム…

一緒に暮らし始めて感じてはいたが、エドワードはどうも妙に潔癖なところが強い。
性的なこととか…それとも単に奥手なだけなのだろうか?いや、セックスだけでなく、今回のように母親絡みだと特に。まるで年頃の娘を持った父親のような苦労。これも自分が原因なのだろうから言えた義理ではないが、この場を一体どうすればいいのだろう。ホーエンハイムは言い訳を必死で考える。頭のいい息子をそう簡単には誤魔化せまい…もうこうなれば
「すまんっ、エドっ、私には母さんだけだ。でも、いや、だからこそ淋しい時があるんだよ。せめて写真を…私も男だし!つい、な、分かるだろ、お前も男なんだし…」
床に額を擦り付けんばかりに低頭し、ホーエンハイムは必死で訴える。問題点を微妙に摩り替えようとしたその言い訳にはかなり苦しいモノが混じって…。
と、 漂う沈黙に父は恐る恐る顔を上げた。
そこには。
エドワードがわなわなと拳を震わせている。
「な、な、なんだよそれっ!お、お、俺は、ス、スケベ本なんてっ…!」
気付いた時にはもう遅い。誤魔化そうとするが故に墓穴を掘った。最後の迂闊な一言が、潔癖な息子を逆撫でしてしまったようだ。 エドワードが脚を踏み出し、拳を振り上げる。ホーエンハイムは反射的に顔を庇う。その時、エドワードの体が突然がくんと傾いた。バランスを崩してよろめき、倒れそうになった。ホーエンハイムは咄嗟に手を伸ばして息子を支えようとする…
「「!」」
二人は床に転がった。鈍い金属音が床に響く…

「……っ痛ぇ」
痛いことは痛いが音の割には大したことがない。エドワードは顔を上げようとしてその感触に気付いた。クソオヤジが自分の下敷きになっているのを。雑誌の直撃で眼鏡を飛ばしたままの父親は、目測を誤って滑ってしまったらしい。
自分の下でエロクソオヤジが顔を歪めている。こちらはかなり痛そうだ。 それでもホーエンハイムは息子を庇うようにして先に起き上がる。
「脚が動かなくなったのか、いや、家の中で良かったか…」
気遣いながら起き上がるホーエンハイムの身体を、エドワードは眉根を顰めて邪魔モノのようにぐいと押しやる。
「へっ、向こうではもっと荒っぽい目に遭って四六時中怪我してた…」
冷めぬ怒りで父親をねめつけ、子ども扱いすんなよとばかりに、エドワードは吐き捨てるように言いながら立ち上がろうとする。が、動かない脚に力は入らない。
「掴まりなさい」
「いやだっ、触んなよっ」
手間取る様子に差し出された手を拒否する。今度は黙って抱き起こそうとするが、当然息子は大人しくしていない。罵倒しながら全身で抵抗する。
「エドっ、私の事は嫌いで構わないから!」
有無を言わさぬ強い口調と腕の力に、エドワードはふっと大人しくなった。父親に支えられて黙ってソファに腰掛ける。まだ腹は立つが何故か怒鳴る気が失せてしまった。むしろ怒鳴りすぎて喉が掠れて痛い。険しい顔つきで背凭れに寄りかかっている。そんなエドワードの様子に、ホーエンハイムはキッチンに向かうと、湯を沸かし、コーヒーを入れる。こぽこぽと濃黒の香りが広がる…。

離れて座る父と息子は、無言でコーヒーをすする。カップから上がる白い湯気が、この場を辛うじて繋いでいる。
「エド、…」
「……」
何も言わない代わりに、エドワードはホーエンハイムを痛烈にねめつけ続ける。
その突き刺さる視線に顔を僅かに上げては目端で息子を見やるホーエンハイム。
コーヒーを飲み終えるとエドワードはようやく口を開いた。
「俺、寝るから、あとはアンタが片付けとけよ…分ったな、この変態エロクソオヤジ!」
「わ、わ、分った…」
エドワードの最後のとどめにただひたすらこくこくと頷くホーエンハイム。

脚を引き摺りながら部屋に向かうエドワードの後姿を見送ると、ホーエンハイムはようやく息をついた。それから、リビングの惨状に、改めてもうひとつ息をついた。まあ、とりあえず首は繋がったようだ。
クッションを拾い、テーブルを整え、千切れた雑誌の切れ端を集め、自分の鼻血を拭く。 深夜、黙々と片付けるホーエンハイム。
ほぼ片付け終えたところで、エドワードの部屋をそっと覗くと、怒鳴り疲れた息子はすーすーと寝息を立てて腹を出して眠っている。幼さの残る無防備な寝顔。
(…エドワード、まったく困らせてくれる子だ…)
毛布を着せて躊躇いがちに髪を撫でた。それから。いや、…今夜は…
扉を後手で静かに閉めて自室に戻ると、例の雑誌をこっそりぱらぱら捲る。
これは独占欲なのか、それとも。


息子の寝息と父親のため息の中で、ミュンヘンの永い夜は更けていくのだった。








エド溺愛で彼に頭の上がらない勘違いなあほとーちゃんが好き。頑張れダメオヤヂ!
そして潔癖気味なエドワードさん。 ナニするフツーの男の子になってください(笑)
なんかこの話、ホーエドじゃないですね。親子漫才化してきた気が。こんなオチ。
すいません・…お目汚し。BERLIN NACHT⇒『ベルリンの夜』ってかんじで。文法ツッコミ無しで。
ミュンヘン編、真面目な話も(短編、中編〜長編で)書く予定。

…と、これ書き上げて既出分の加筆済ませて、今日本誌買ったら向こうも親子喧嘩ネタ…!こっちはとーちゃんあほだけど 部屋を覗くとこまで同じ!?げ、嘘だろ!?って感じです。 しかしこれはこれ。一切変更ナシでUP。あの、文句あります?でも本誌の親子、萌えでした(笑)
 04/12/15 UP



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