16   約 束 







エドワードは渋々ながら司令部に向かっていた。今日はロイに気の進まない頼み事をしなければならない。 それが彼の足取りを重くしていた。


あの日、南部の駅でロイと別れて自分たちは別の町に向かったのだが、そこでの出来事が発端だった。
乗換駅で次の列車を待つ間、エドワードは眠くなり、待合でついウトウトしていた。アルフォンスもここしばらくの落ち着いた日々の所為かそんな兄と共にぼんやりしていたらしい。 エドワードが目を覚ました時、トランクが消えていたのだ。
(しまった!ヤられた!)
眠気もぶっ飛び、二人は慌ててそこいらを捜す。駅員や周りの人間にも尋ね、駅舎を飛び出し、街中を捜し、 そうしてようやく見つけ出した荷物は、キーが壊され、中身を荒らされ放置されていた。
(記録っ、大事な記録がっ…!)
まとめておいた今までの記録を盗まれたのかとエドワードは顔色を変えた。が、泥棒は子どもの字で書かれたノートの束など落書き程度にしか見えなかったのだろう、幸いにも、被害はシャツに包んでいた幾らかの予備金だけで済んだのだった。


「なー、アル、やっぱ万が一を考えると、全部持ち歩くのはマズイ、か?」
「…だね。記録は僕らの財産なんだし。…バッグレディじゃないんだしさ」
家を焼いてしまった根無し草の自分たちがとりあえず財産を保管できる場所、それは貸金庫くらいしかない。 そう考えた二人は、イーストシティに戻ってきたその足で銀行に向かった。だが。
金庫を開設するには保証人が必要と言われてしまった。保証人って、これじゃダメですか、この銀行にはこれの口座はすでにあるんですけど、とエドワードは銀時計を取り出した。それを見た係は口座とコードで本人と確認してくれた。が、国家錬金術師の方でも新規開設には保証人が必要になったんですよ、少し前なら要らなかったんですけどね、と申し訳無さそうに断られてしまい、エドワードは途方に暮れた。
(保証人って、結局オレたちが頼めるのは大佐しかいないじゃん)
ロイは自分たちの後見人でもあるのだから、普通は一番気軽に頼める人間なのだろう。矛盾しているようだが、でもエドワードにすればすでに後見人として世話になっている。恩義は返していると思うがこれ以上借りは作りたくないし、何よりどうも関わりを増やしたくない相手だったから。大佐は悪い奴ではないというのは分ってきた。だからといって…  でも…
ちっとも進歩しない思考の堂堂巡りを十数回ほど繰り返した頃、エドワードは司令部に着いた。


「……………」
執務室の革張りソファ。ティーカップを手にしたままロイは黙っている。向かうエドワードはこれまた黙ってお茶をすすっている。
これまでのいきさつを説明して(トランクを盗まれたことは案の定バカにされたが)、保証人になって欲しいと不本意ながらも頼んでみると、何故かロイは黙って考え込んでしまったのだ。
嫌味を言いながらでも引き受けてくれると思っていたエドワードは、不安と不快でしばらくはちらちらとロイの様子を窺っていたが、やがて場の沈黙に耐えられなくなり、切り出した。
「オレ、もう帰るから」
ちぇっ、結局無駄足だったか。仕方ねー、記録は肌身離さず持ち歩くさ…重いけど。そう諦めてコートを掴んで立ち上がる。
「鋼の。待ちなさい、まだに何も言ってないだろう。君は何故そう短慮なんだ」
いきなり立ち上がった少年にロイは弾けたように顔を上げる。
「何も言わないって事は不承知なんだろ?」
短慮と言われた少年は諦め顔をむっとした表情に変えた。
「保証人は一向に構わないが、他に良い方法は無いかと考えていたんだ。…私の家に金庫替わりに君たちの部屋を用意してもいいのだが。安全だと思うが、どうだね?」
「断る!!」
エドワードは即答した。その勢いの凄さにロイは呆気に取られているではないか。しまった、とエドワードは慌てて言い直した。 そこまで世話にはなれないから保証人だけを承知して欲しい、と。
「…分った。書類を見せなさい」
ロイはエドワードが銀行から貰ってきた書類に目を通し、サインを済ませて渡してやる。
「鋼の。別に私は君の留守中、研究記録を盗み見したりはしないぞ。もしやそれが心配なのか?誓っても良いが」
いつもの表情に戻ったロイは、嫌がるのは何が不満なのだろうと思い、顔を近づけて少しエドワードを煽ってみる。しかしエドワードはいたって真面目に答えを返してきた。
「…アンタがそんなケチな真似をしないくらいわかってら。そういうことじゃ無いよ。…あの、保証人、ありがとう」


エドワードはロイのサインですぐに金庫を開設することが出来た。
(大佐の申し出も金庫も結局は同じことでオレが矛盾してるんだろな。でもさ、…)
自分でもあんな大声で即答するとは。エドワードは自嘲気味になる。
手元には最近の記録手帳だけを残し、それ以外は金庫に預ける。 相当数に膨れ上がったノートの束、資料、そして最後に。ドリーから譲り受けた革紐で括られた束を一番上にのせた。 テロ事件に関わって以来ずっと忙しくて気に掛けながらも仕方なく持ち歩いていたのだった。
不注意で自分の記録が盗られるのは仕方ないが、これはそういう訳にはいかないだろう。盗られたからといって誰も責めたりはしないのだが、これは自分自身のけじめの問題なんだろう。トランクを荒らされたのは却ってちょうど良い機会だったのかもしれない、とエドワードは思い直すことにした。
(…これで約束を果たせる)
エドワードは安堵の息を小さくつくと、かちゃりといわせて、金庫に鍵を掛けた。




ロイはエドワードの話を聞いている間に滞ってしまった書類を片付けていた。すでに黄昏、秋の日は早い。 コンコン、とノックの音がして、失礼しますとホークアイが入ってきた。
「大佐、もう灯りをお付けになった方がよろしいのでは?」
長い影をさす窓の外と室内の薄暗さを見比べて、彼女は壁のスイッチを押した。見違えるように部屋が明るく広がる。
「…昼間、エドワード君の声が響いていましたが…何か問題でも?」
忙しくてそのままだったティーカップをようやく片付け始めながら、ホークアイはロイに訊ねる。
「いや、特に。それより肝心の用件は何だね」
「はい、そろそろ効いてくるかと」
ぎちっ、と革張りの執務椅子を軋ませながらロイは立ち上がり、窓際に寄る。外は既に暗く、対岸の灯りが揺らめきながら川面に反射し始めていた。 ロイはしばらく黙ってそれを眺めていたが、やがて短く告げた。
「そうか、あれ、か」












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