5   故 郷        SHORT STORY










風が季節の匂いを運んでくる、そんなある日の東方指令部。 指令部の面々は珍しく揃って昼食を取っていた。
「しかし、その、なんだなー、アレも馴染んできたか?」
ハボックがサンドイッチをかじりながら、ぼそりと独り言のように呟く。
「…エドワード君のことですか。大佐から話を聞いたときは驚きましたけどねぇ。あれはいつのことでしたっけ」
フュリーが、はい、とお茶を差し出しながら答える。 ああそれ、オレもたまげたけどな、私もです、と、ブレダとファルマンが続け、 皆の話題は兄弟の話になった。
話は相当前にさかのぼる。 国家試験のひと月ほど前、ハボックはホークアイから回覧書類を渡された。
「これ、いまのところはここの内部の人間だけで知っておいてね」
なんスか、いつになく穏やかじゃないことでもあるんスか?とそれを受け取る。見ると国家錬金術師試験の書式で、ああ、そろそろそんな時期になったんスねー、と言葉を返す。大佐は今年はどんなのを見つけてきたんですか?まあ、御覧なさい。 そこには金髪の可愛い少年の写真があり、エドワード・エルリック、12歳。とあった。 さらにその下には「国家錬金術師資格試験゛合格゛予定者」と。 ハボックの目が丸くなった。

「あんときは、12のちびっこに受験させるなんて、さすがに大佐、アンタ、大丈夫スか、って一瞬思ったぜ。 あの人のやることはいつも間違いないんだけどね」
それはそうだ。大佐が見つけてくるのは優秀なものが殆んどだけど、12歳というのはあまりにも幼すぎる。大体、この試験は受かる方が珍しいのだ。中には何年も受け続けている研究者だっている筈だ。
「そう、エドはあっさり合格したもんな。あの超難関試験によ」
12歳の少年が一度で、しかもかなりの好成績で合格して、ちょっとした話題になったものだ。直属の俺たちだってビックリしたのだが。そう、特に中央の、大佐を嫌っている人間は相当悔しがったらしい。ガキを受験させて失敗したらたっぷり笑ってやろうとてぐすね引いて待っていたらしい。
世の中には凄い子どもがいるもんだ。って、それを見つける我が司令官殿も凄いんだろうが。
「でもまー、そら、エド以上にアルフォンスだよな」
「そうそう。体のことですね。中身が無いんだから」
兄弟そろって錬金術師だが、エドワードは右腕と左足が機械鎧という体。 1つ下の弟は肉体がなく、大きな鎧に兄が魂を定着させている。 彼らのその体は、人体錬成という禁忌を犯した代償である。 元の体に戻る為にあえて軍の狗になるという。 彼らは私の管理下になるので知っておいてもらいたい、ただし他言は無用だ、と。
たましいのていちゃく?…魂なんて錬成できるのかよー。一体どんなモノがやってくるのやら。ねぇ、大佐、本当に大丈夫ですかい?イエッサーと言ったはいいが、暫くは彼らの秘めたる話題はそれだった。
そして、赤いコートを着た三つ編みの少年と大きな鎧の少年、エルリック兄弟はやってきたのだった。
上官の言葉通り、大きな鎧は空っぽだった。…あれにはやっぱりたまげたぜ。ん、鎧が喋るんだもんな。百聞は一見に…だよな? 空気の成分濃度を操り、焔の錬金術師と二つ名を持つ上官の元で、錬金術を目の当たりに してきた彼らにはもう驚きはなかった。 初対面のその日に兄弟をそのまま受け入れたのだった。

「アルに初めて会った時、こいつ11歳なのにオレより背ぇ高いやって。あのデカイ鎧だろ」
「あはは、エドはちっせぇし、あの二人はどこにいても目立つよな」
…あのさ、ここだけの話だけど、実は俺が一番驚いたのはよ、エドの合格でもアルの中身でもなくて、その、なんだな、12歳なのに10歳くらいしか見えないほどエドがちっこいってことなんだけどよ…、とハボックが煙草に火をつけながらトーンを落とした声で呟く。それに続いて他の人間も一斉に頷く。…実は俺も。見た目も、いや、見た目だけは可愛いしよ…ええ、見た目だけは…
「アルは行儀いいし、温和な感じだけど、エドときたらいまだに山猫だよな」
「ずいぶん性格の違う兄弟ですよね。」
弟は素直で人見知りもしないようだが、エドワードはなかなか他人に心許さない性質なのか。漸くここに馴染んで来た様子はあるが、まだまだ固い。なついてくれるのはもう少し先かもしれない。大人たちはそう思う。
それでも時折年相応の言動が飛び出すこともあるが、それに驚く自分たちもいけないのか。男達は苦笑する。
「ほら、この前なんてよ、来るなり腹減ったって言うから、差し入れのチョコ食うか? って訊いたらよ、袋ごと全部持っていきやがったぜ。せっかく市中見回り中に街の娘さんたちが差し入れてくれたのに…チクショー」
「エドは甘いもの結構好きだよな。菓子ばっか食ってんじゃないのか、だからちっせぇんだよ」
「アルフォンス君は動物好きですしね」
「うわああ、俺、犬嫌い!」
「そういうとこは年相応というか、一応可愛げがありますけどね」
「口を開けばクソ生意気な豆ガキさぁ。ま、おもしろいけどな」
「大佐にだって言葉遣い変えないだろ?」
だいたい軍というものは上下関係にうるさくて、司令部内においては相手が上官ともなれば絶対の礼儀は要求される。軍属だって同じだ。それなのにあの少年は、平然と司令官にアンタ、と呼びかける。初めて聞いたときは心臓が止まったぜ。
「でもあれでも初日はカチンコチンでしたよ」
「ああ、です、ます、で喋ってたろ?」
今の少年からは、ですますなんて到底想像できないのに、大人たちはつい想像してしまったらしい。申し合わせたようにぷっと吹き出す。
「ええ、でも次の日には元の、つまりは今のあの口調に戻ったらしいですが」
「そういや大佐も何も言いませんね」
寛容なのか鷹揚なのか鈍感なのか、それとももとより諦めたのか、年若い司令官はそういうことは意に介さないらしい。確かに俺たちだって他の上官に比べればかなり気楽に喋っているが。
「あの人、兄弟を皮肉る様子があるみたいだぞ?」
仕事には厳しいロイだが、それ以外のことには煩くなく、良い上司だと彼らは思っていた。 実際、兄弟が来てからの司令部は、(まるで大小の動くオモチャがいるようで)何となく賑やかで和やかになったし、 こころなしか、男は珍しい笑顔を見せるときがある、と感じていた。

「でも旅から旅への生活を続けるなんて大変ですよね」
「あー、あいつらがそう決めた事らしいしな。」
そう、国家錬金術師以外に、親なし家なしの根無し草もやっている。いちおう故郷はあるが家は無くなっているらしい。その辺の事情はちらりと聞いた程度だが、それは彼らの旅の目的の核心に触れることなので敢えて訊かないでいる。年齢は子どもだが、彼らのその決意と往く道の困難さは、大人だって驚愕する。
一部分が突出して成熟してしまった精神世界は他人の入りえないものだから。
「…んで、鋼の錬金術師どのは、あいつらは、今どこにいるんだ?」
「調査を終えたら田舎に寄るそうですよ。機械鎧の寸法微調整だとか」
「おっ、背、ちっとは伸びたのか?」
「よせよせ、噛み付かれるぞ。エドは身長をやたら気にしてんだから」
「さー、そろそろ仕事に戻りましょうか。中尉に怒られないうちに」
「おう、仕事すっか。仕事」
んー、と伸びをして立ち上がる彼らの中には、すでにエドワードたちを身内だと思い、 やさしく慈しむ心が間違いなくあった。






04/08/20 初回UP
05/01/23 加筆UP





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